2022年12月27日 16:00

世界のスポーツを支える松戸市の企業

車いすラグビー、車いすバスケ、バレーボール、体操など

松戸市には、世界で活躍するスポーツの日本代表や他国のナショナルチームをサポートしたり、優れた機能やメンテナンス技術などが評価され、世界大会などで器具が採用されたり、スポーツ界で重要な役割を果たしている企業があります。本号では、日本、そして世界に大きく貢献し続ける松戸市内の3社をご紹介します。

※本資料内の情報は、2022年12月26日現在のものです。

1.日本の車いすラグビー界の発展に欠かせない貢献者

株式会社テレウス

 株式会社テレウス UD事業部 三山慧(みやまけい)さん

昨年東京で開催された国際大会で、日本の車いすラグビーは2大会連続の銅メダルを獲得しました。この結果に大きく貢献した企業が、松戸市内に本社のある株式会社テレウス(松戸市岩瀬※1、1999年創業)です。日本代表の選手たちからも「テレウスなしで車いすラグビーはできない。それくらい大切な企業」と評される同社に迫ります。

1:修理工場は埼玉県三郷市にて稼動中。

車いすラグビーのサポートのきっかけは公園づくり

元々、テレウスの事業は造園設計で、地域の公園や学校のグラウンドのコンサルティングなどを行っていました。転機は、ある国立公園プロジェクトのコンペティションでした。足の代わりに手で漕ぐ自転車・ハンドサイクルを園内に設置した「健常者も障がい者もサイクリングできる公園」という案が採用されたのです。それをきっかけにハンドサイクルの輸入卸をスタートし、日用品としての障がい者用車いす、続いてラグビーの競技用車いすを取り扱い始めました。

試合に備え、車いすを最善の状態にする

テレウスが多くの車いすラグビーの選手から信頼されている理由は、修理や調整の高い技術力にあります。その中心人物が、テレウスのUD(ユニバーサルデザイン)事業部の三山慧(みやまけい)さんです。2008年の北京大会から2020年の東京大会まで、4大会連続でメカニックとして車いすラグビー日本代表チームに帯同しました。

車いすラグビーでは、選手のパフォーマンスを最大限に引き出すため、車いすの緻密な調整が求められます。「体の大きさはもちろん、たとえ同じ病気が基の障がいだとしても残存機能にも個人差があります。だからこそ、選手一人ひとりに合うよう、車いすを細かくパーソナライズすることが必要です(三山さん)。」

車いすラグビーは、車いす同士がものすごい勢いでぶつかってくる過酷な競技です。練習や試合での接触によって車体にヒビが入ったり、パーツが折れたりといった故障が頻繁に発生します。三山さんは、チームに帯同する上で最も重要なのは「競技用車いすが最善の状態で選手が試合に臨めるようにすること」と教えてくれました。タイヤのパンクはすぐに修理できるものの、フレームなどの金属部分の場合は溶接が必要なケースもあります。「壊れそうな予感がしたら前もって修理します。試合中に状態が悪くなってしまったら、試合からの離脱につながりかねないからです」と、試合に備えたきめ細やかなメンテナンスが重要であることを強調します。代表帯同時にはメンバー全員(12人)分の対応が必要となるため、高い技術と集中力が求められます。

リオ大会での忘れられない景色

車いすラグビー日本代表に4大会に渡って携わってきた中で最も忘れられないのは、「2016年にブラジル・リオデジャネイロで開催された国際大会での銅メダル」だと三山さんは言います。当時、メダルに対する期待感が高まっていたものの、未だ手の届かない状況が続いていました。しかし、3位決定戦でカナダを破り、初の銅メダルを獲得しました。

三山さんは歓喜しながらふと観客席に目を向けると、自分の名前が書かれた日の丸の旗を見つけました。「一般的に横断幕は選手だけなので、自分の名前があった時には驚き、感動しました(三山さん)」。そこに書かれたメッセージ(いつも最高のサポートありがとう)からも、メカニックはチームの重要な一員であることがわかるエピソードでした。

今後広めていきたい「フレームランニング」

テレウスは今後、脳性まひの人向けのパラスポーツとして「フレームランニング」を広めたいと考えています。フレームランニングは、大きな三輪車・フレームランナーのシートに上半身を預けた状態で、地面を足で蹴って前進する種目です。現状では、脳性まひを抱えている人が体験できる競技はとても少なく、少しでも選択肢を広げたいという思いがあります。また、ハンドサイクルにも依然として注力しており、多くの人達に知ってもらうためにレースイベントを毎年開催しています。

テレウスのこうした支援や取り組みによって、日本から世界的なパラアスリートが登場するかもしれません。テレウスの今後の動向にご注目ください。

フレームランナー


ハンドサイクル

テレウスWebサイト:https://www.terreus.co.jp/

 

2.車いすバスケットボールを銀メダルに導いた技術力とメンテナンス力

株式会社松永製作所

 [左から]   株式会社松永製作所 結城智之(ゆうきともゆき)さん、
青柳雄一郎(あおやぎゆういちろう)さん

昨年東京で開催された国際大会では、車いすバスケットボール男子日本代表が史上初となる銀メダルを獲得しました。この快挙を車いすのハード面で支えたのが、岐阜県養老郡が本社の株式会社松永製作所(1974年創業)です。実は、同社の製品を修理・調整する工場が松戸市内にあるのです。

日本やイギリスのチームをサポート

松永製作所は、アルミ製パイプを材料に、車いすや歩行器、救急車のストレッチャーなど医療補助具の製造・販売を主な事業としています。スポーツ用車いすの開発は、社内の有志からの発案でスタート。車いすバスケットボール男女の日本代表のほか、昨年まではイギリス代表も松永製作所のバスケ用車いすを使用していたことからも、松永製作所が高く評価されていることがうかがえます。

待望の東日本エリアの拠点・松戸

従来、車いすの修理・メンテナンスをする際は、本社のある岐阜県まで足を運ぶ必要がありました。代表選手の多くは東日本エリアを拠点に活動しており、車いすの修理のために往復すると2~3日かかっていたことから、東日本エリアでの拠点が待ち望まれていました。そんな中、東京都内の営業所の移転のタイミングをきっかけに、工場と営業所を交通の便のよい松戸市に開設することとなりました。関東圏に住む選手たちの要望に迅速に対応できるようになり、評判も上々です。


広々とした空間に修理・メンテナンス機材が並ぶ工場

松永製作所の車いすが評価される理由

松永製作所が評価されている点の1つが、セミアジャストタイプの車いすです。車いすバスケでボールを獲りたい場面において、フレームのパイプの一部を未溶接にしておくことで、選手が身を乗り出しやすくなる点が特長です。

また、チームへの帯同を通じて選手の要望を吸い上げ、入手した要望を新しいモデルの車いすに落とし込むサイクルが継続できているため、バスケ用車いすの性能が日々向上し続けている点も好評を得ています。


メンテナンスの様子 

車いすは、自転車やバイクと同じ「乗り物」

同社の社員である結城智之(ゆうきともゆき)さんは、松戸工場で車いすの修理・メンテナンスに取り組んでおり、昨年東京で開催された国際大会では車いすバスケットボール女子の担当として帯同もしました。脚などに障がいはない結城さんですが、工場内の移動に車いすを活用しています。「素早く動ける上に疲れにくいので便利です。私にとって、車いすは自転車やバイクなどと同じ“乗り物”」と、車いすは必ずしも特別な移動器具ではないという見方を教えてくれました。結城さんがそのような見方に至ったのは、20歳の時に交通事故に遭遇し、頸椎損傷の寸前にまで至った経験によるものです。「足が不自由な人が車いすを使うことと、目が悪い人が眼鏡を使うことの意味は変わらない。だから、私は障がいを特別視していません。障がいのある人も、そうでない人も暮らしやすい環境づくりに貢献したい」と、松永製作所でユニバーサル社会の実現を目指し、活躍しています。

新たなパラスポーツを普及させたい

松永製作所の今後の取り組みについて、結城さんは「車いすを活用した新たなパラスポーツの普及に取り組みたい」と教えてくれました。「例えば、ハンドボールを車いすで行う『車いすハンドボール』です。ボールが小さいため、子どもや女性でも持ちやすく、パラスポーツへの導入としては車いすバスケよりもよいのではないか」と結城さんは分析しています。また、すでにパラ競技となっている『車いすバドミントン』は緩急の駆け引きが肝になる競技で、健常者である結城さんが車いすバドミントンの選手と戦ったところ、「相手に翻弄され、ほとんど動きの裏をとられてしまいました」と、競技の醍醐味を実戦の感想も交えて楽しそうに教えてくれました。

結城さんは、「既存の競技・新しい競技を問わず、パラスポーツの楽しさを知ってもらいたい。取り組む人を増やしたい」とパラスポーツ人口の増加貢献に意欲を燃やしていました。


バスケットボール用車いす

松永製作所Webサイト:https://www.matsunaga-w.co.jp/

3.100年以上、日本の「健やか」を育み続けている会社

  1. セノー株式会社


セノー株式会社本社(松戸市松飛台)

松戸市松飛台に本社を構えるセノー株式会社は、体育施設内の運動器具が主力商品のメーカーです。セノーが製造・販売する運動器具は学校や体育館などの運動施設に多く納入されているため、誰もが1度は利用したことがあるのではないでしょうか。

 「日本人を鍛えたい」が事業のきっかけ

セノーは1908年に創業されました。創業者の勢能力蔵(せのうりきぞう)氏が農機具を取り扱う個人商店として開業した後、従軍中に欧米の人々との体格の差を目の当たりにし、「日本人の体を鍛えることに貢献したい」と考え、運動器具を取り扱い始めました。


バスケットボールのゴールや体操競技の各種器具を製造

バスケットボールのゴールやバレーボール・バドミントンのネット・支柱、体操競技の鉄棒や平均台など、各種器具の質の高さが認められ、様々な国際大会で使用されています。また、スポーツ器具を開発・製造し、施設に設置して完了というものではなく、いつまでも安心・安全に使用できるように充実したメンテナンスサービスを提供しています。

あらゆる製品を製造していた主力工場を松戸市内に移転したのは1964年、東京オリンピックの年でした。北海道から沖縄まで全国に納品先があることから、交通の利便性が高い点などを理由に松戸市を移転先に選びました。現在は、製造工場を群馬県内に一元化しており、松戸は本社機能と物流機能を備えた事業場として活用しています。

取材にご協力いただいたセノー株式会社の染谷孝男さん

2000年代に入ると、経営状況が悪化し会社存続の危機を迎えます。しかし、セノーが公共性の高い事業を展開しており、事業が継続されなかった場合の社会的影響が大きいことなどを理由に企業再生支援機構からの支援が決定。社員たちは、「子どもたちを育む場を維持し続けなければならない」という使命感と責任感をさらに高くもって経営改善に奮闘し、2012年にはミズノグループの一員となり、現在に至ります。

セノーが信頼される質の高さとは?

セノーの器具が様々な競技の国際組織から支持されているのはなぜでしょうか?セノー管理本部管理部長の染谷孝男(そめやたかお)さんは、「一番大きいのは安全性」と答えてくれました。「例えば体操の鉄棒を例に挙げると、近年、トレーニングの質の向上に伴い、選手は肉体的・技術的にも進化しています。それと比例するように、鉄棒の離れ技は増加し、難度も高くなっています。激しい力がかかるため、鉄棒の負担は以前よりも大きくなっているでしょう。私たちは、どのようにすれば選手の負担を軽減できるか、器具の損傷による事故を起こさないようにできるかなど、安全・安心をキーワードに開発・研究しています(染谷さん)。」

また、同社の製品が「体格や筋力に恵まれた選手のみが恩恵を受けられる設計ではない」ことも理由の1つに挙げてくれました。一般的な鉄棒のバーはしなりが上下に長い楕円形になるのに対して、セノーのバーは360度あらゆる角度にたわむようになっており、ハイレベルな競技者になるほど、その違いを敏感に感じられる設計になっています。鉄棒以外の体操器具も日本人の体形に合った製品を開発・製造しており、日本の体操競技の発展に寄与し続けています。

自宅で使える運動器具の開発に注力

長年に渡り、学校や施設への運動器具の納入をメインの事業としてきたセノーは現在、家の中で使える運動器具の開発にも力を入れ始めています。

114年もの間、日本人の健やかな暮らしに貢献してきたセノーが、安全・安心を念頭にどんな運動器具・サービスを展開していくのか、これまで以上に身近な存在として感じられる日の到来に期待が膨らみます。


コードレスバイクやルームランナーなどのフィットネス器具も製造

セノーWebサイト:https://www.senoh.jp/