2021年10月29日 17:00

コロナ感染症、 不決断という日本の病

新型コロナウイルス感染症拡大で、危機時における日本医療の課題が浮き彫りとなった。日本のコロナ対策から得られる教訓は何か。今後の医療改革で、何が必要なのか。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(理事長 谷口将紀)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。日本のコロナ対策から得られる教訓は何か、考える。

 

企画に当たって

コロナ対策の教訓をどう生かすか―リアルタイムにデータを取得できるデジタル化がカギを握る

金丸恭文  NIRA総合研究開発機構会長/フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長グループCEO

 日本における新型コロナウイルスショックは、二〇二〇年二月、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港に接岸されて始まった。ネットやSNSを介して中国・武漢や世界の状況が伝わる中、ダイヤモンド・プリンセス号に乗り込むスーツ姿の厚生労働省職員と防護服の自衛隊員。対照的な姿は、初動における危機意識の違いを浮き彫りにした。

 欠けていたのは、有事の判断。そして、デジタル化である。ダイヤモンド・プリンセス号には外国人も含めて約三七〇〇名の乗客・乗員がおり、健康状態や感染状況など貴重なデータの宝庫であった。だが、調査に当たった厚労省職員は、そうしたデータを紙ベースで収集し、エクセルにまとめていた。一時金の給付が遅れたのも同じ要因であり、特にポイントまで付与して取得促進を図ったマイナンバーカードとそのシステムは使えず、世界との差を実感した国民の失望は大きかった。二〇二〇年四月七日の閣議決定で、時限措置ではあるものの、初診から可能になったオンライン診療も、地域の医師会からは反対の声が強く、恒久化に道筋がついた今も、あまり活用されていない。

 いくら法改正をしたり、組織体制を変更したりしたところで、リアルタイムのデータをきちんと得られなければ、適切な対応を取ることはできない。ウイルスにせよミサイル攻撃にせよ、データがない限り適切な判断ができず、どこに責任を担わせたところで誰も動きようがない。日本が脅威に晒されることを前提とした国家の再設計が求められている。

(一部抜粋)

金丸恭文  NIRA総合研究開発機構会長/フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長グループCEO

識者に問う

日本のコロナ対策から得られる教訓は何か。
今後の医療改革で、何が必要なのか。

 

政治のリーダーシップで有事の司令塔を整備せよ

塩崎恭久 前衆議院議員

わが国の問題は、国が司令塔となる有事の体制を組めないことだ。有事における国と地方の新たな役割分担のための法改正が必要だった。来年の通常国会の審議では遅すぎる。また、公立病院が提供した病床数は少なすぎて、是正が必要だ。有事には国や都道府県が医療機関に指示・命令できるようにすべきだ。

塩崎恭久 前衆議院議員

 

 

有事モードへの切り替えが必要だった

鈴木康裕 国際医療福祉大学 副学長/厚生労働省 初代医務技監

今回のパンデミックは、国全体で包括的に対応できるよう、一時的に中央集権に切り替えて対応すべきだったが、切り替えるべき仕組みがなかった。ワクチンは、国会の附帯決議により国内でも治験を行った結果、接種開始が三カ月近く遅れたが、有事には平時の完全主義から脱却する必要がある。 

鈴木康裕 国際医療福祉大学 副学長/厚生労働省 初代医務技監

 

非常時にモードチェンジできる医療提供体制の構築を

横倉義武 日本医師会 名誉会長/社会医療法人弘恵会ヨコクラ病院 理事長

日本の医療はこの数十年で生活習慣病に傾斜し、感染症病床が非常に少なく、初動から対応が遅れた。新型インフルエンザ流行時に顕在化した課題だったが、その反省を生かせなかった。平時からパンデミック発生に備え、一般病床から感染症対応に転用する割合を地域であらかじめ決めておく必要がある。

 

国家の安全保障としてワクチン・治療薬の研究開発力の強化を

眞鍋 淳 第一三共株式会社 代表取締役社長兼CEO

国産ワクチン開発が後手に回った要因には、日本のワクチン産業と研究開発力の弱体化や、新技術へのシフトの遅れがある。今回出た欧米のワクチンは、各国が安全保障と位置付け、一〇年近く前から研究・開発されてきたものだ。まずは、政府の「ワクチン開発・生産体制強化戦略」の迅速・確実な実現を望む。

 

眞鍋 淳 第一三共株式会社 代表取締役社長兼CEO

 

 

感染症で問われた行政の統治能力

マリアナ・マッツカート ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 教授

このパンデミックで、各国政府の危機管理能力は分かれた。ドイツや韓国など、国家の統治能力を高めるために投資してきた国は、強じんな対応力を示すことができた。この危機を無駄にせず、政府を二一世紀のニーズに適合させ、行政能力を培う好機とすべきだ。

マリアナ・マッツカート ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 教授

 

NIRAわたしの構想No.56「コロナ感染症、不決断という日本の病」

 

データで見る コロナ感染症、不決断という日本の病

新型コロナ新規陽性者と累積死亡者の推移

 

「日本における新型コロナウイルスショックは、二〇二〇年二月、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港に接岸されて始まった。(金丸)」

「ワクチンは、海外の治験のデータのみで承認することもあり得たが、国会の附帯決議により、国内でも治験を行った結果、接種開始が三カ月近く遅れた。(鈴木氏)」

「第二波が始まる前には「無症状・軽症患者が多いが、基礎疾患のある方や高齢者が感染すると重症化しやすい」と分かっていた。臨床医の立場から考えると、その段階で「検査で感染者を早期発見・隔離」という最も望ましい対策に切り替えるべきだった。(横倉氏)」

「第五波で感染者が急増したことを考えても、オンライン診療をはじめ、さまざまな通信手段で患者が自分の状態を相談できる仕組みを整備すべきだった。(横倉氏)」

「新型コロナ新規陽性者と累積死亡者の推移」NIRAわたしの構想No.56

注)緊急事態宣言の期間は東京都での実施に準ずる。
出所)厚生労働省「感染症発生動向情報等」

 

新型コロナの確保病床の使用状況・患者の療養状況

 

「病床が確保できないのは、医師や看護師の数が足りないからだという指摘があるが、それは間違いだ。(塩崎氏)」

「第四波では行政の指示の下、ホテル療養者や自宅療養者が増えたが、医療管理が行き届いていなかった。(横倉氏)」

「新型コロナの確保病床の使用状況・患者の療養状況」NIRAわたしの構想No.56

出所)厚生労働省「新型コロナウイルス感染症患者の療養状況等及び入院患者受入病床数等に関する調査結果」(2021 年9 月15 日0 時時点)

 

新型コロナの確保病床数とその割合

 

「国立病院や特定機能病院、地域医療機能推進機構の病院ですら、極めて限られた病床しか提供していない。法律改正を行い、有事には国や都道府県からの指示・命令ができるようにするべきだ。(塩崎氏)」

「新型コロナの確保病床数とその割合」NIRAわたしの構想No.56

出所)塩崎恭久氏提供『愛媛県訪問リハビリテーション実務者研修会』講演資料より「新型コロナウイルス感染症対応状況」(2021 年7 月31 日時点)、厚生労働省「新型コロナウイルス感染症患者の療養状況等及び入院患者受入病床数等に関する調査結果」(2021年7 月28 日0 時時点)、厚生労働省「令和元年医療施設(動態)調査」

 

医薬品研究開発状況に関する国際比較

 

「たとえ政府が潤沢に補助金を出しても、資金だけでは成功しない。関係者が達成内容についてバラバラの理解をしていたら事業は失敗する。それを防ぐには、関係者の認識を一致させておくことが必要だ。(カワグチ氏)」

「新型コロナウイルス感染症で国産ワクチン開発が後手に回った要因は、まず、日本のワクチン産業と研究開発力の弱体化である。(眞鍋氏)」

 

「医薬品研究開発状況に関する国際比較」NIRAわたしの構想No.56

注)比較にあたり、研究開発費は政府のヘルス分野のR&D への予算および産業の化学・医薬製品のR&D の合計を、IMF 公表の“IFS”における当年期中平均レートで米ドル換算。スイスは2017 年、他は2018 年。研究者数は企業部門(医薬品等製造業)、日米は2018 年、他は2017 年。パテントファミリー数は欧州特許庁(EPO)、日本特許庁(JPO)、米国特許商標庁(USPTO)の3 つの特許庁で取得された特許で、同一の発明の特許を1 ファミリーとしてカウント。中国は研究者数とパテントファミリー数のデータのみ。
出所)OECD “Main Science and Technology Indicators”、NSF “Business Research and Development and Innovation”

 

識者紹介

塩崎恭久 前衆議院議員

内閣官房長官、拉致問題担当大臣、厚生労働大臣等を歴任。東京大学教養学部卒。ハーバード大学行政学大学院を修了し、行政学修士号を取得。日本銀行を経て、一九九三年初当選。衆議院議員八期・参議院議員一期。政界有数の政策通で知られ、政策決定における官邸主導を掲げてきた。厚労大臣時代は、受動喫煙防止措置を含めた健康増進法改正案の成立に取り組む。存在感を放ってきた政治家の引退に、惜しむ声が大きい。著書に『ガバナンスを政治の手に―「原子力規制委員会」創設への闘い』(東京プレスクラブ新書、二〇一二年)他。

鈴木康裕 国際医療福祉大学 副学長/厚生労働省 初代医務技監

慶應義塾大学医学部を卒業後、厚生省(現厚生労働省)に入省。WHO(世界保健機関)派遣、新型インフルエンザ対策推進本部事務局次長、防衛省衛生監、厚労省保険局長などを歴任し、二〇一七年七月に事務次官級のポストとして厚労省に新設された医務技監に就任。医師資格を持つ医系技官のトップとして保健医療の制度づくりに携わる。新型コロナウイルス感染症の初期対応において指揮を執った。二〇二〇年八月に退官し、二〇二一年三月より現職。

横倉義武 日本医師会 名誉会長/社会医療法人弘恵会ヨコクラ病院 理事長

久留米大学医学部を卒業後、同大学で外科医として勤務。ドイツのデトモルト病院への留学などを経て、父親が開業するヨコクラ病院を継ぐ。現場で働く傍ら地域の医師会の活動に携わるようになり、一九九〇年に福岡県医師会の理事に就任。同会長を経て二〇一〇年より日本医師会副会長、二〇一二年四月から二〇二〇年六月まで日本医師会会長を務めた。任期中に「日医かかりつけ医機能研修制度」をスタートさせ、かかりつけ医の育成・質の向上を図るなど、さまざまな課題に取り組んだ。第六八代世界医師会会長。

眞鍋 淳 第一三共株式会社 代表取締役社長兼CEO

三共(現第一三共)に入社後、三〇年以上、研究分野に従事。安全性研究所長、二〇〇七年の第一製薬と三共の統合を経て、研究開発本部プロジェクト推進部長、グループ人事兼CSR担当、経営戦略部長等を歴任。取締役に就任後、国内外営業管掌を務め、二〇一六年に代表取締役副社長、二〇一七年に代表取締役社長。本年五月から日本製薬団体連合会会長。農学博士(東京大学)、医科学修士(筑波大学)、オハイオ州立大学客員研究員修了。第一三共は、二〇二二年中の新型コロナウイルス向けワクチン実用化に向け、開発を進めている。

マリアナ・マッツカート(Mariana Mazzucato) ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン 教授

ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のイノベーションと公共価値の経済学教授。UCLのイノベーション・公共目的研究所の創設者兼ディレクター。著書に『企業家としての国家』(薬事日報社、二〇一五年)、『TheValue of Everything』(Allen Lane, 2018)など。いずれも国際的に高い評価を得ている。最新著は、『Mission Economy:a moonshot guide to changing capitalism』。世界中の政策立案者に、イノベーション主導による、包括的で持続可能な成長に関する助言を行っている。

 

記事全文

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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