2023年12月1日 15:00

半導体戦略の成否が国家の未来を決める

半導体の経済安全保障をどう確保していくか。 供給体制の再編が進む中で、日本はどのように有利な立ち位置を得ていくか。 わが国がとるべき半導体戦略を議論する。

企画に当たって

半導体競争力の源泉は設計・開発能力にあり
―大企業だけでなく、裾野の広い民間力を育成しよう

金丸恭文 NIRA総合研究開発機構 会長/フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長 グループCEO

 安全保障を考えたとき、これからの世界にとって半導体、特にCPU(中央演算処理装置)やGPU(画像処理用演算装置)といったロジック半導体が極めて重要であることは論をまたない。高性能の半導体は、AI(人工知能)、EV(電気自動車)、温暖化対策、軍事など、あらゆる分野の課題解決のために必要とされている。日本の半導体戦略について、私は期待を抱いているが、同時に不安もある。国家戦略の方向性が間違っていたら、追随する民間プロジェクトも成果を挙げることはできないからだ。

 半導体分野は、設計・開発から材料、製造装置、前工程、後工程、さらにはアプリケーションまで極めて多岐にわたる。日本としてどの領域を、どう狙うのか。日本の政府や企業はどうしても大工場での大量生産を指向しがちであるが、国家戦略と半導体分野の市場の変化を予見した上で、整合性を持ったグランドデザインを描けるかが肝要な点だ。今、半導体分野で影響力を持っているのは、設計・開発の強い企業、特に半導体の能力差で最終製品の競争力を創出できるファブレス半導体メーカーだ。半導体の設計・開発能力なくして日本が競争力を維持することはできない。

 国が行うべきは、官公庁や大学、民間がばらばらに行っている取り組みを有機的につなげて、国家戦略を練り上げることだ。そして、プロジェクトを既存大企業に丸投げするのではなく、常にイノベーションの主役である新規参入組にも予算を付けて支援していくことが欠かせない。日本の半導体戦略の成否は「裾野の広い民間力」を作れるかどうかにかかっている。

 (一部抜粋)

 

識者に問う

経済安全保障の観点から、日本の半導体戦略はどうあるべきか。
日本は、有利な立ち位置をどうつくるのか。

 

有志国との連携で「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」を高める

大野敬太郎 衆議院議員

半導体は、パンデミックや戦争で世界的な供給不足が起きた。また米中対立を背景に国際秩序が劣化し、脱炭素やAI普及を見据えた半導体への投資が進む中、半導体の供給網は経済安全保障の課題である。日本は有志国との連携を強化し、「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」を確保していくことが重要だ。

 

 

各国と連携して製造エコシステムを強じん化、次世代の国産も目指す

金指 壽 経済産業省商務情報政策局 情報産業課長

足元の供給強化のため台湾TSMCの工場誘致、将来の競争力になる生産基盤としてのRapidusの設立と、政策は着実に進んでいる。半導体の経済安全保障の要諦は、諸外国との連携の中で、製造のエコシステムがきちんと回ることだ。日本は、強みを持つメモリや素材、製造装置の分野で、世界に貢献する。

 

 

半導体の設計・開発能力を育てて競争力を維持する

藤井公雄 日本シノプシス合同会社 社長 職務執行者

日本の産業競争力のために取るべき戦略は、半導体の「設計開発能力」を高めることだ。日本の強みである自動車産業も、競争力の要はエンジンの性能から、蓄電池と半導体の性能に代わる。今のように自らは半導体設計を手掛けないままでは、世界のトップはとれなくなり、日本の競争力は失われる。

 

 

主役は企業、地政学的なきしみ・技術転換期のチャンスを生かせ

太田泰彦 日本経済新聞 編集委員

国家安全保障に関わる先端技術は、国家による管理貿易が強まる一方、「産業のコメ」である汎用化した半導体の自由貿易は堅持されるべきだ。この境界線で、企業がどう戦略的に動くかだ。半導体の技術は大きな転換点にある。企業は、きしむ国際社会で生き残るビジョンを、自ら描かなければならない。

 

 

 

 

分断を避け、国際的な協業で半導体技術を進化させる

若林 整 東京工業大学科学技術創成研究院 集積Green-niX+研究ユニット 教授

半導体は世界・人類にとって重要な産業である。経済安全保障を理由に半導体産業が国単位で分断されれば、半導体技術の進化は「必ず」鈍化し、活用にも制限が出る。半導体政策で各国との協調をベースにする道は、本当にないのか。分断が進めば、人類共通の課題である気候変動問題にも影響が出る。

 

 

 5人の識者の意見

 

データで見る 日本の教育格差と「平等神話」

世界の半導体生産能力の種類別内訳(2019 年)

「最先端レベルの半導体の開発・生産では、有志国との連携を強化し、特定国に過度に依存しない状況を作りだす「戦略的自律性」の確保が重要だ(大野敬太郎氏)」


注1)DAOは、Discrete, analog and otherの意。個別半導体、アナログ半導体、その他(光デバイス・センサを含む)を指す。
出所) BCG、SIA(2021)“Strengthening the Global Semiconductor Supply Chain in an Uncertain Era”

世界の半導体生産能力の国・地域別内訳(2019 年)

「特に注目すべきは米中対立を背景とした国際秩序の劣化だ。半導体の国際的なサプライチェーンは、経済安全保障の課題として大きく浮かび上がっている。(大野敬太郎氏)」

「地政学的な緊張が高まっている現在では、「台湾有事」の可能性を念頭に置き、「台湾に寄せ過ぎず」に日台相互に補完し合う必要がある。(金指 壽氏)」

注1)DAOは、Discrete, analog and otherの意。個別半導体、アナログ半導体、その他(光デバイス・センサを含む)を指す。
注2) 凡例の「その他」は、イスラエルやシンガポールなど世界のその他の地域。

出所) BCG、SIA(2021)“Strengthening the Global Semiconductor Supply Chain in an Uncertain Era”

 

日本の半導体関連産業の従事者数推移(1998 年-2021 年)

「半導体に関わる人材は激減し、半導体の設計エンジニアが圧倒的に不足している。(藤井公雄氏)」

出所) 経済産業省『工業統計調査』、『経済センサス』、『経済構造実態調査』よりNIRA 作成。

 

各国の半導体政策

「当面は既存の枠組みを活用し、国内産業に必要な支援を行うことが基盤になる。(大野敬太郎氏)」

出所) 経済産業省『半導体・デジタル産業戦略(改定案)』2023 年5 月、JEITA『国際競争力強化を実現するための半導体戦略2023年版』、柿沼重志「我が国半導体産業の現状と課題~半導体支援法、経済安全保障推進法等による「復活」への道~」『経済のプリズム』215 号1–20 頁よりNIRA 作成。

 

識者紹介

大野敬太郎 衆議院議員

衆議院議員。富士通研究所等を経て、二〇一二年、第四六回衆議院議員選挙にて初当選。現在、四期。防衛大臣政務官、内閣府副大臣などを歴任。自民党経済安全保障推進本部事務局長等を務める。自民党「わが国が目指すべき経済安全保障の全体像について」ほか、セキュリティクリアランスやサイバーセキュリティーの制度設計の推進、貿易管理レジーム等の国際ルール形成への積極関与、サプライチェーン等把握分析手法の確立など、経済安全保障に資する累次の提言を取りまとめてきており、経済安全保障分野で積極的な発言を行う。東京大学博士号(情報理工学)取得。

金指 壽 経済産業省商務情報政策局 情報産業課長

通商産業省(現 経済産業省)に入省後、産業再生課、内閣官房日本経済再生総合事務局などを経て、二〇一六年から三年間、ジェトロ・ロサンゼルス事務所に駐在。日本企業のアメリカ市場展開の支援などに従事。二〇一九年より、産業創造課長として、オープンイノベーション促進税制の執行を現場で推進。二〇二二年七月より現職。経済産業省「半導体・デジタル産業戦略」を取りまとめ、TSMCの工場誘致や、日本独自ファウンドリーを目指す株式会社Rapidus と国の半導体技術開発を担うLSTCの設立を主導する。

藤井公雄 日本シノプシス合同会社 社長 職務執行者

Synopsys Inc. (米国カリフォルニア州)の日本法人、日本シノプシス合同会社の社長 職務執行者。同社は、半導体の設計自動化等を支援するツール(EDA)や、設計済み半導体回路(IP)の提供などを行う。藤井氏は、一九八一年に当時新領域だった半導体に将来性を見いだし、半導体開発企業の日本テキサス・インスツルメンツ株式会社に入社。ロジック半導体の設計方法の進化など、急速に発展する半導体業界を支える。半導体設計開発を行うシーラス・ロジック日本法人および日本シグナスソリューションズ代表取締役社長を経て、二〇〇〇年、現職に就任。

太田泰彦 日本経済新聞 編集委員

日本経済新聞で、外交、通商、イノベーションなど国際情勢をテーマに、長年国際報道に従事。二〇二一年に上梓した『2030半導体の地政学』(日経BP)では、戦略物資として価値が高まる半導体を巡っての、国家間のせめぎ合いを鮮やかに描き出した。一九八五年、日本経済新聞社に入社後、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学。米国、ドイツ、シンガポールに駐在。二〇〇四年~二〇二一年、論説委員。中国「一帯一路」構想などに関する報道で、二〇一七年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。ダボス会議はじめ、国際会議で講義、講演も行っている。

若林 整 東京工業大学科学技術創成研究院 集積Green-niX+ 研究ユニット教授

東京工業大学科学技術創成研究院集積Green-niX+ 研究・人材育成拠点のリーダーとして、低環境負荷等のグリーンな半導体実現に向けて、集積回路技術に関する研究と人材育成の推進している。トップ研究者を集結し、企業との共同研究も進めつつ、日本の集積回路産業やサプライチェーンをグリーン化するゲームチェンジを目指す。東京工業大学大学院修士課程修了後、株式会社NEC、株式会社ソニーを経て、東京工業大学工学院電気電子系教授。地球インクルーシブセンシング研究機構機構長、評議員を経て、二〇二三年七月より現職。日本MOT学会理事。博士(工学)。

記事全文

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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