2019年8月2日 12:00

【NEWS LETTER】蛾の眼を模倣した特殊構造フィルム『モスマイト』

昆虫から学ぶイノベーション

ニュースレターでは、人々の暮らしを支える身近な製品・サービスや、経営戦略、ダイバーシティの取組みなど様々なトピックスを取り上げ、ニュースリリースだけではお伝えしきれない情報を幅広くご紹介します。

生物が持つ優れた構造や性質を科学技術に応用した「バイオミメティクス(生物模倣)」と呼ばれる分野があります。このバイオミメティクスの歴史は古く、1930年代には絹糸を模倣したナイロンが発明され、1950年代に「バイオミメティクス」という言葉が生まれました。

バイオミメティクスは、電子顕微鏡、スーパーコンピューター、ナノテクノロジーなどの技術の進歩とともに発展しました。
生物の観察には、肉眼、光学顕微鏡、電子顕微鏡などを用いますが、肉眼での分解能(装置などで対象の測定や識別できる最も短い距離)は約0.1mmであるのに対して、光学顕微鏡の分解能は約0.2ミクロンメートル(1万分の2mm)、電子顕微鏡では約0.1ナノメートル(1000万分の1mm)になります。電子顕微鏡の進歩により、通常では観察できない生物の特徴を捉えることができるようになりました。
また、スーパーコンピューターの発達により、生物の構造がもたらす物理的な挙動を精緻に解析できるようになり、さらにナノテクノロジーの発展により、観察・解析した生物の微細構造を再現できるようになりました。

こうした技術発展に伴い、バイオミメティクス製品もまた、様々な分野で研究や開発が進んでいます。
本ニュースレターでは、三菱ケミカル株式会社が提供する、蛾の眼(モスアイ)が持つ機能を模倣して作った反射防止フィルム「モスマイト」をご紹介します。

■ 生活の様々なシーンにあるバイオミメティクス

バイオミメティクス製品は私たちの身近な場所で使われています。
たとえば、ゴボウの実(ひっつき虫)をヒントにした面ファスナー(マジックテープ)や、ハスの葉の構造を参考にして作られた、ヨーグルトが付きにくい“ふた”、蚊の針を模倣した痛くない注射器などに使用されています。
その他にも、カタツムリの殻のように汚れないタイルや、タマムシのように発色するステンレス、トンボのハネと貝殻の構造に着目して開発されたスピーカー、ヤモリの脚のように強く接着して簡単に剥がせ、何度でも使える粘着テープなど、生活に密着した製品などにもバイオミメティクスは使われています。


ゴボウの実をヒントにした面ファスナー


ハスの葉の構造を参考にしたヨーグルトが付きにくい“ふた”


蚊の針を模倣した痛くない注射器

※写真はイメージです

■ 蛾の眼の構造と、『モスマイト』の開発技術

こうしたバイオミメティクスを活用して、三菱ケミカルでは社外の研究機関と連携し、広い範囲の波長で光の反射をなくし映り込みを減らすことができるモスアイ型反射防止フィルム「モスマイト」を開発しました。


透明な板に貼った場合の透過率

モスアイは個眼が集まった複眼構造になっています。その個眼一つ一つの表面に電子顕微鏡でやっと見えるくらいの小さな突起がびっしりと並び、眼全体を覆い尽くしています。普通、光がガラスなどの透明な物質を通過する際、屈折率が急激に変化するために光の一部が反射してしまいますが、蛾の個眼を覆う小さな突起の幅は可視光線の波長よりも小さいため屈折率の変化が緩やかになり、光をほとんど反射しません。これにより、蛾は光をむだなく眼の中に取り入れて夜も飛ぶことができると考えられています。このモスアイの性質を利用した「モスマイト」を貼ることで、ガラスやプラスチック表面の反射率が通常4~5%あるところ、0.1~0.3%に抑えることができます。


モスアイ=蛾の眼の構造

「モスマイト」は、高さが200ナノメートルの突起を100ナノメートルの間隔でフィルム上にびっしりと並べたものです。1mm四方の中に1億個(1cm四方の中だと100億個)の突起が作られています。これを継ぎ目なしの大面積で製造する為に三菱ケミカルは、財団法人神奈川技術アカデミーの益田秀樹さん(現首都大学東京教授)と協力し、工業化に向けた生産技術を開発しました。
アルミ板には、電気を流しながら酸性の液体に浸けると、表面に多くの穴が開いた酸化アルミニウム(アルミナ)の被膜が形成され、液の濃度や電気の強さを調整することで、一定間隔にきれいに揃った穴ができる性質があります。この性質を利用して円筒状のアルミ表面に無数の穴を開けて鋳型を作り、この鋳型にフィルムを抱かせて、回転させながら樹脂を流し込んで固めることで、フィルムの上にモスアイ構造ができます。「モスマイト」は、この技術によって継ぎ目なしの大面積で製造することができるようになりました。

■ 『モスマイト』の特徴

従来の反射防止フィルムは、表面をすりガラス状にして、反射する光を散乱させるアンチグレア処理や、特定の波長の光の波を干渉させて打ち消す反射防止膜を何層も重ねた多層ARコーティングが使用されていました。

モスアイ型反射防止フィルムは、もともと、テレビ画面の反射を抑え、日中でも視認性を高めるために開発されました。これにより、明るい場所でもPCの画面が見やすくなったり、展覧会でガラスが光って絵が見えづらいということがなくなるなど、様々なシーンで使用されています。
特に、従来の多層ARコーティングよりも広い波長域で光を反射しないため、フィルムを通しても色味の変化がほとんどなく、斜めからでも見やすい特徴があります。また、車でエアコンを使用するとカーナビのタッチパネルが結露で曇ってしまうことがありますが、モスマイトは防曇性能も併せ持っているため、最近ではタッチパネルの裏面に貼って使用する用途が拡大しています。

■ モスマイトの採用事例


博物館展示窓


清掃工場管理窓


(左)モスマイトなし/(右)モスマイトあり


博物館標本箱

■ 『モスマイト』直近の動きと今後の展開

モスマイトは、600mm幅のサイズがカーナビ等の中小型ディスプレイ用途を中心に採用されてきました。
2018年半ばには、大型ディスプレイやサイネージに展開するため、1300mm幅のフィルムを製造できる設備を新たに導入しました。
今後は、2020年に向け、ビルやホテルのロビーを飾る絵画の額装や、電子表示機器を使って情報を発信するデジタルサイネージの需要拡大が予測されます。絵や映像、文字をくっきりと表現することを強みとして提案し、モスマイトの販売・マーケティング活動を強化しています。

<本件に関するメディアからのお問い合わせ先>
株式会社三菱ケミカルホールディングス 
広報・IR室 TEL 03-6748-7140