2024年7月12日 10:00
自然や生態系、くらしに息づくSDGsを体感
環境や社会がめまぐるしく変化するなか、「アドベンチャートラベル」に注目が集まっています。アドベンチャートラベルとは、体験を通じてその土地ならではの自然・文化・多様な価値観にふれ、旅人自身の内面に変化をもたらす、大人も子供も楽しめる旅のあり方。知的好奇心をくすぐる出会いが満載の熊本県・天草諸島は、人生を見つめる旅にもってこいの場所です。天草で多くの学びに出会うヒントを、現地の声を交えてお届けします。
九州の西側に位置する「天草諸島」。およそ120の島々からなる多島海の景観には、悠久の歴史と文化が息づいています。なかでも離島・御所浦町は、約1億年前の地層が見られるエリア。御所浦島・横島・牧島という有人島を含む大小17の島々は、化石だらけの海岸や日本最大級の恐竜の歯が出土した「白亜紀の壁」などを有することで、「恐竜の島」と呼ばれています。
海岸や民家の石垣など、島を歩いているだけでたくさんの化石に出会える御所浦町。その魅力を凝縮したスポットがこの春、リニューアルオープンしました。天草市立御所浦「恐竜の島博物館」は“天草1億年の大地の記憶が学べる”がコンセプトのミュージアムです。大型恐竜の等身大の骨格(レプリカ)がダイナミックに展示された吹き抜け空間は圧巻です。日本最大級の肉食恐竜の歯の化石をはじめ、天草で発掘された化石のほか、地球誕生から恐竜時代までの流れをたどるゾーンや生物の進化、天草の生態系にふれる展示などもあります。
上段:恐竜の島博物館(写真提供:株式会社白亜紀)、下段:同館の展示の一部
今回のリニューアルのもうひとつの目玉が「化石ディグ」。恐竜の島博物館のそばにある“トリゴニア砂岩化石採集場”で楽しむ、化石採集体験です。運営を担う株式会社白亜紀の鍬崎智広さんにお話を伺いました。
「今年から“採る”だけでなく、“楽しく、知る・学ぶ”の要素を取り入れました。学芸員や専属ガイドが同伴し、化石の見つけかたや採りかたなどをレクチャーするので採集率はほぼ100%!約1億年前の中世白亜紀の貝やアンモナイトなど、採った化石は持ち帰りも可能です。採った化石の簡単な解説もできるので夏休みの研究などにもおすすめです。今回の体験リニューアルでつくった「化石カード」には学術的な視点のほか、カードゲームの要素も。レアな化石を見つけた人だけが手にできるプレミアムなカードもあり、コレクターにも人気です。御所浦では、化石クルージングや釣り体験なども楽しめるので、ゆっくり遊びに来てください」(鍬崎さん)
左から化石採集体験の様子/拾った化石は持ち帰りも/人気の化石カード(写真提供:株式会社白亜紀)
博物館のリニューアルに合わせ、鍬崎さんは同世代の学芸員と2人で「株式会社白亜紀」を設立しました。これまで無人で行っていた化石採集を民間業務委託で受注し、学芸員やガイドを常駐させることで“体験の質”を向上させています。鍬崎さんが体験ガイドサービスをはじめた背景には、“島の未来をつくりたい”という思いがありました。
写真左から、鍬崎さんと学芸員の渡邉さん/御所浦町の島々(写真提供:株式会社白亜紀)
「セカンドキャリアとして“設計士×○○”という複業スタイルを意識しはじめた頃、ちょうど目に飛び込んできたのが、御所浦の地域おこし協力隊です。当初の任務は、“空き家の利活用”でしたが、地域と対話を重ねるほどに一筋縄ではいかないことを痛感しました。相続の問題、空き家を活用する人材の確保、住まいではなく商いを考えるならその集客まで考える必要もある。地道に勉強会を続け、ようやく物件の目処がついたのは、着任から2年が経った頃です。クラウドファンディングにも挑戦し、多くの方からご支援いただきました」。
鍬崎さん自ら設計を手がけ、島の大工さんらとともに築いた「ごしょんなべーす」は、宿とコワーキング&交流スペースからなる御所浦の新たな滞在拠点。1泊からの利用もできますが、数日から1週間程度の長期滞在も可能です。
コワーキングスペース「ごしょんなべーす」と滞在施設「Aoi yado」(写真提供:株式会社白亜紀)
鍬崎さんの次なる目標は、飲食店の開業です。博物館横の倉庫をリノベし、仲間たちとともに土日祝日のみ営業のハンバーガーショップ兼バーとしてこの夏、開業予定だそう。
「御所浦町は離島なので顧客の絶対数は少ないですが、逆に言えば、競合が少ないのでビジネスチャンスはたくさんある。だからこそ、できるだけ多くの人に御所浦・天草とつながってほしいと思っています。UIターン者も含む若者たちが集うことで、さまざまな化学変化を期待できそうなプロジェクトも始動しています。人手不足と収入面の課題を補い合う仕組みも提案していきたいですね」(鍬崎さん)。
■ごしょんならいふ/ごしょんなべーす/Aoi yado https://goshoura-life.com/
有明海・不知火海・東シナ海という3つの海に囲まれている天草諸島。有明海は日本一の干満差があることで知られ、その出口にあたる早崎海峡は、流れの早さから“日本三大潮流”のひとつといわれます。なかでも「通詞島(つうじしま)」の界隈は、橋のたもとから渦が見えるほど潮流が早く、起伏に富んだ海底はいのちの宝庫。この海域のゆたかさの象徴ともいえるのが、約200頭もの野生のミナミハンドウイルカの存在です。これだけの数の野生イルカが人の生活圏のすぐそばに“定住”しているのは、世界的に見ても稀有なことです。
こうした天草のミナミハンドウイルカの生態や人とのかかわりについて学ぶプログラムが近年、注目を集めています。その名も「イルカの自由研究」。夏休み限定の企画ですが例年、県内外から多くの親子連れが訪れます。実施主体は「天草市イルカ調査室」。同調査室では2022年から天草市内のイルカウォッチング事業者や教育・研究期間の協力を得て、定住する天草のイルカの行動パターンや個体識別といった調査を続けてきました。
日々の調査活動を踏まえてつくられた自由研究プログラムでは、水面に現れる頻度の多い背びれを中心に、口先や体幹などの特徴で違いを見分ける個体識別の手法をレクチャー。“縄文時代からつづく素潜り漁との共存”など、この地ならではの共生のあり方について学んだ後、専属ガイドとともに漁船に乗り込み、個体識別体験を行います。ときには、赤ちゃんイルカとの出会いや、漂流ゴミなどの影響で怪我を負ったイルカを目にすることもあり、海のゴミや気候変動といったイルカを取り巻く危機についての学びもあります。
■イルカの自由研究(8月3日〜8月18日、8/7,8,11,14は除外日)https://dolphin-lab.com/page-5026/
天草諸島では1990年代前半からイルカウォッチングがスタート。海の豊かさの象徴ともいえる野生イルカたちとの出会いは、世代を超えた感動を呼んでいます。一方で、世界的な環境変化に伴い、天草の海にも少しずつ変化が現れはじめました。天草市五和地区ではこの夏、「天草市イルカウォッチング事業者チーム(通称:「イルカと人との共生」を推進する会)」を結成。専門家のアドバイスを受けながら、“人にもイルカにも優しい海の実現”へ向け、環境配慮型の取り組みが始まっています。
早崎海峡に定住するミナミハンドウイルカ(左)
ビーチクリーン活動の風景(右/写真提供:天草市イルカウォッチング事業者チーム)
五和町の6つの事業者からなる「天草市イルカウォッチング事業者チーム」はイルカウォッチングに関する自主ルールを改定。2024年7月1日から、お客様や漁業者の安心・安全を確保し、野生イルカが生息しやすい環境を維持するため、海上パトロール船の強化やビーチクリーンイベントなどの試みが始まりました。さらに、持続可能な天草の海(環境・生業・観光)を目指す活動を続けるため、2025年4月1日より、イルカウォッチング体験者から500円(小学生以上)の環境保護費を徴収することになりました。
「ここは、イルカと人が共生する世界唯一の海。イルカや漁業者はもちろん、暮らす人・訪れる人がハッピーな未来をともにつくるため、持続可能な観光(サスティナブル・ツーリズム)と責任ある観光(レスポンシブル・ツーリズム)に取り組みます」(天草市市民環境課)
■イルカと人との共生 https://amakusa-dolphinsharmony.jp/
「道の駅天草市イルカセンター」は、天草に定住するミナミハンドウイルカの生態と、イルカと共生する島の漁師たちの営みに触れる道の駅。五和町の共生の産物でもある“海の幸と山の幸”を味わうメニューとしてこの夏、登場したのが「生あおさと天草大王コンフィのITSUWAスパゲッティ」です。開発者は、天草市地域おこし協力隊でもあるシェフの宮﨑恵太さん。宮﨑さんは東京で料理の研鑽を積み、2023年に天草へIターン。天草の魚介などを用いたレシピ開発を行っています。
「五和町の養殖場を見学してあらためて、アオサのポテンシャルを感じました。アオサに付加価値をつけた料理をと考え、企画したのが五和町づくしの一皿です。地元の強みとして、生のアオサを使用。天草大王はマリネした後、低温加熱でほろほろに仕上げました。また、天草大王のひき肉と天草の魚のすり身を合わせてうま味をアップ。国産キクラゲの食感もアクセントです。通詞島の自然塩ですべての素材を引き立てるだけでなく、もろみ(しょいの実)を隠し味に使用しています。これからも料理を通じて、天草の魅力を伝えていきたいです」(宮﨑さん)。
左:生あおさと天草大王コンフィのTSUWAスパゲッティ(写真提供 宮﨑さん)
右:宮﨑恵太さん(写真提供 錦戸俊康さん)
提供場所/道の駅イルカセンター2階「漁協レストラン」
提供期間/2024年7月の土・日曜のみ、各日限定20食
“藻場(もば)とは、海底で海藻が繁る場所のこと。海の環境や生態系を維持する役割を担うことから、“海のゆりかご”や“海の森”とも呼ばれます。しかし近年、各地で藻場が減少し、漁業者や食卓にせまる危機が叫ばれるようになりました。この問題を改善するため、天草でも「天草漁協五和支所裸潜組合」などによる藻場再生をはじめ、さまざまな取り組みが行われています。
天草市地域おこし協力隊を卒業した冨山宏士さんが数年前から取り組む、“サトウキビ復活プロジェクト”もそのひとつです。東京でオーガニックマルシェの運営に携わり、天草へ移住。現在は五和町内の生産法人でキクラゲや天草大王の育成管理と販促に携わる冨山さん。長年、食や生産者とのつながりを通じて環境を見つめる冨山さんにとって、通詞島にわずかに残るサトウキビは、島の宝に見えました。
「天草では260年以上前からサトウキビの栽培が行われ、通詞島でも明治の初めまで大々的にサトウキビの栽培をしていたそう。当時は、漁師たちも兼業でサトウキビの栽培に携わっていたようです。かつての通詞島の営みをモデルに、半農半漁の営みを再生。環境負荷に配慮したサトウキビ栽培を続けることで、海に流れ込む水の状態をよくすれば藻場が蘇り、水産資源や生物層の回復につながるのではないかと考えました」(冨山さん)。
左上から、冨山宏士さん/伝統の黒糖製造風景/MOVA SUGAR(写真提供:佐藤静香さん)
冨山さんは島にわずかにのこっていた株から苗をわけ、サトウキビの栽培を開始。天草伝統の黒糖づくりを継承し、「amato(アマト)のMOVA SUGAR」として販売しています。さらに昨年は球磨焼酎蔵元とコラボし、天草のサトウキビを使ったラム酒も誕生しました。「古くて新しいSDGs版半農半漁で、天草の新たな産業や関わりしろをつくっていきたいです」(冨山さん)
■天草大王公元 https://amakusadaio.com/
■amato https://express.adobe.com/page/RZRiPud3U0NCF/
“関わりしろ”のある天草の、移住定住支援情報
◉あまくさライフ(天草市移住・定住サイト)https://inaka.amakusa-web.jp/