海外で日本を対象とする研究が停滞している。 各国の現状、また、その背景にあるものは何か。 海外での日本研究を維持・発展させるために、何が必要なのか。 各国で日本を対象に研究している第一線の研究者に聞いた。

 

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(代表理事会長 牛尾治朗)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。世界における日本の経済的な存在感が低下する中、海外での日本研究の発展にいま何が必要か議論する。

 

企画に当たって

日本研究の灯を絶やさないために―日本専門家の減少は国益を損なう

谷口将紀  NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学大学院法学政治学研究科 教授

 二〇一九年の訪日外国人旅行者数は過去最高を更新した。新型コロナウイルス感染症の流行に伴う制限措置で、現在の出入国者数は急激に落ち込んだが、ビジネスにせよ、観光にせよ、日本が持つ魅力自体が損なわれたわけではない。

 しかし、このような一般の外国人の日本に対する関心の長期的な高まりとはうらはらに、海外における日本研究、特に政治学・国際関係や経済学など社会科学における日本研究者の減少は深刻化している。例えば、新聞やテレビに登場し、日本の政治・外交・経済などについてコメントする欧米の識者は長年同じような顔ぶれで、後進が十分育っていない。

 今秋の米大統領選候補に内定したバイデン前副大統領が、Foreign Affairs 誌上で発表した外交政策の論文中に、中国は一三回も登場したのに対し、日本への言及は、オーストラリア・韓国とともに列挙された一回にとどまった。これに象徴される日本への関心の薄さは、日中間の政治体制や経済力の違いだけには帰せられまい。

 海外における日本研究の灯を絶やさないために、とりわけ重要だと感じたのは以下の二点である。第一に、海外における日本研究者に対する長期的な支援。端的に言えばアカデミックポストの提供である。第二は、日本国内での優れた研究成果の海外向け発信の支援である。英語論文・著書の作成支援、日本語で書かれた本そのものの翻訳、また、日本ベースの国際学術誌編集を支援することもあって良い。

 各国で日本研究の孤塁を守る、五人のリーダーの切実な声に耳を傾けたい。

谷口将紀  NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学大学院法学政治学研究科 教授

識者に問う

各国における日本研究は、どのような状況か。
海外の日本研究を維持するために、何が必要か。

 

「日米関係の基盤となる日本研究」

クリスティーナ・デイビス ハーバード大学政治学部 教授・日米関係プログラム 所長

日本研究の衰退がもたらす最大の懸念は、日本への広い見識をもつアメリカの政治エリートが減っていくことだ。今後、日米同盟に危機が生じた場合、アメリカの政治家が歴史的背景を理解していなければ、間違った判断をするかもしれない。

クリスティーナ・デイビス ハーバード大学政治学部 教授・日米関係プログラム 所長

 

 

「次世代に対して、日本研究のパイプラインをアップデートする」

クリストファー・ヒューズ ウォーリック大学 副学長・教授

イギリスでは、日本研究を専門にする研究センターが減少。また4~5年前から日本研究の修士学生数が減り始めているなど、注意すべき変化が起きている。日本研究を支える次世代育成の方法を、より戦略的に考え直さなければならない。

クリストファー・ヒューズ ウォーリック大学 副学長・教授

 

「民間も含めて研究に戦略的投資を」

パク・チョルヒ ソウル大学国際大学院 教授

韓国では、日本研究より中国研究の方が明らかに盛んになっている。日本は、韓国や中国における日本研究を推進するために十分な資金を出すという発想になっていないが、アジア地域で日本を理解し代弁できる専門家を育成することは、日本のために必要なはずだ。

パク・チョルヒ ソウル大学国際大学院 教授

 

「日本から外に向けた発信を」

ブルース・バートン アメリカ・カナダ大学連合 日本研究センター 所長(桜美林大学 名誉教授)

地域研究が、昨今より学際的・分野横断的になり、国境を越えた性質を強める中で、日本研究者のポストは減っている。米英のように、日本も寄付講座を設けて研究者をサポートする方法を検討すべきだ。また、国内に優れた日本研究が多いのに、英語で発信しないために影響力を持てないという課題の対処が求められる。

 

ブルース・バートン アメリカ・カナダ大学連合 日本研究センター 所長(桜美林大学 名誉教授)

 

 

「データをオープンにし、研究者を呼び込む」

フランツ・ヴァルデンベルガー ドイツ日本研究所 所長

グローバルな共同研究が増えているが、各種統計や経済データなど、公開されている情報は日本語だけのものが多い。英語に翻訳し、データをもっとオープンにして、世界中からアクセスできるようにすべきだ。デジタル基盤の整備は重要性を増している。  

フランツ・ヴァルデンベルガー ドイツ日本研究所 所長

 

海外での日本研究を発展させるために何が必要なのか 日本の広報戦略の見直し(カルチャー偏重から社会のニーズを反映した日本研究の発展へ、アジアへの投資優先度を高める)、海外の日本研究者を支援(海外でアカデミックポストを寄付講座などを活用して提供、日本でも外国人研究者を採用)、日本人の海外留学拡大(奨学金の支給、留学経験のある学生の民間企業による採用拡大)、若手の戦略的育成(時代に合った教育・研究プログラム、内外の若手研究者を国際的研究ネットワークに取り込む、学生の長期インターンシップの受け入れ)、日本からの発信力強化(海外のニーズに合った研究成果や各種データを英語で発信、デジタル基盤の整備)

 

データで見る 海外での日本研究の停滞

アメリカにおける日本研究を行う博士課程の学生数(1989年-2012年)

 

アメリカでは、日本経済の低迷に連動するように、日本研究が衰退している。(デイビス氏)」

「アメリカの一流大学には、政治学等の社会科学の分野で日本研究を専門とした大学院生や教授が、一九九〇年代初頭には少なくとも一人以上いたが、今では日本だけを専門に研究している大学院生はほとんどいない。(デイビス氏)」

 

注1) 2012 年のデータは、学生数639 名から無回答者85 名を除いたもの。
注2) 「その他」は、「教育学」「舞台芸術研究」を含む。
出所) The Japan Foundation (2013) “Japanese Studies in the United States: The View from 2012” Japanese Studies Series
XXXX をもとに作成。

 

韓国における日本研究を行う大学・研究機関・学会の数(1950年代₋2000年代)

 

「日本研究は、ソウル大学などの一流大学にはまだ一定数の学生がいるが、地方大学では学生確保に苦労している。(パク氏)」

出所) 陳昌洙(2012)「韓国における日本研究―多様化と専門化のジレンマ―」『立命館国際地域研究』第36 号 2012 年10 月

 

Elsevier社ScienceDirectの日本と中国をタイトルに含む論文数

 

「日本語を学ぶ学生の数をみても、私が働くハーバード大学では、日本経済が好調だった一九九二年頃の約五八〇名をピークに減り続け、近年では二〇〇名程度となった。一方で、中国語は、二〇一三年のピーク時には約七〇〇名、現在も約五八〇名の学生が学んでいる。(デイビス氏)」

「韓国における日本研究と中国研究を比べると、明らかに中国研究の方が盛んになっている。(パク氏)

 

出所) Elsevier 社ScienceDirect をもとに作成。
https://www.sciencedirect.com/(2020/05/07 アクセス)

 

J-STAGEが提供する日本の電子ジャーナルの状況

 

「日本研究の一番の課題は、日本からの発信力の不足だ。世界の学者に取り上げられる価値のある優れた日本研究は多く存在するのに、英語で発信しないために影響力を持てない。(バートン氏)」

「各種統計や経済データなど、日本に関連するデータはたくさんあるが、公開されている情報は日本語だけのものが多い。これらを英語に翻訳することでも研究は拡大していくだろう。(ヴァルデンベルガー氏)」

 

出所) J-STAGE 公開データ「登載誌一覧」をもとに作成。
https://www.jstage.jst.go.jp/static/pages/PublicDataAboutJstage/-char/ja(2020/05/07 アクセス)

 

識者紹介

クリスティーナ・デイビス ハーバード大学政治学部 教授・日米関係プログラム 所長

専門は国際関係、比較政治。日本と東アジアの外交政策や貿易政策における国際機関の役割を研究。二〇二〇年より同大日米関係プログラムの三代目所長を務め、大学から日米協調を支える。同プログラム初代所長はエズラ・ヴォ―ゲル教授。米ハーバード大学博士課程修了。米プリンストン大学政治・国際関係学部教授を経て、二〇一八年に現職教授に就任。著書に『Why Adjudicate? Enforcing Trade Rules in the WTO.』(Princeton University Press、二〇一二年、大平正芳記念賞受賞)他。

 

クリストファー・ヒューズ ウォーリック大学 副学長・教授

専門は国際政治、日本政治。特に日本の外交安全保障政策に精通。長年の研究から得た日本の政策議論への深い知見を踏まえた上で、日本政治に対して直言してきた。英シェフィールド大学博士課程修了。博士(国際関係学)。広島大学平和科学研究センター(現 広島大学平和センター)研究員、東京大学法学部客員准教授、英国際戦略研究所研究員を経て、現職。現在、米ハーバード大学ライシャワー日本研究所研究員も務める。著書に『The EU–Japan Partnership in the Shadow of China: The Crisis of Liberalism』(共編著、Routledg、二〇一八年)他。

 

パク・チョルヒ ソウル大学国際大学院 教授

専門は日本政治、日韓関係、比較政治。特に日韓の外交・安全保障政策に詳しく、韓国を代表する日本通として日韓両国で名高い。米コロンビア大学博士課程修了。博士(政治学)。ジェラルド・カーティス教授の門下生。日本の政策研究大学院大学助教授、ソウル大学国際大学院助教授等を経て、二〇一一年より現職。二〇一二年から二〇一六年まで同大日本研究所長を務めた。二〇一九年より同大国際学研究所所長。二〇〇五年、日本研究の功績と日韓関係への貢献が認められ、第一回中曽根康弘賞を受賞。著書に『代議士の作られ方』(文春新書、二〇〇〇年)他。

 

ブルース・バートン アメリカ・カナダ大学連合 日本研究センター 所長(桜美林大学 名誉教授)

専門は日本前近代史。日本史における「国境」・「境界」とナショナルアイデンティティーの研究と、人間社会と自然環境との歴史的関わり方の研究を行う。米スタンフォード大学博士課程修了。博士(日本前近代史)。約三〇年間、日本の桜美林大学で教鞭をとり、二〇一六年より現職。アメリカ・カナダ大学連合日本研究センターは横浜にあり、主に北米の大学院から来る留学生を対象に中・上級日本語の集中教育を行う研究機関。卒業生の多くが官民で活躍。著書に『国境の誕生―大宰府から見た日本の原形』(日本放送協会出版、二〇〇一年)他。

 

フランツ・ヴァルデンベルガー ドイツ日本研究所 所長

専門は日本経済、コーポレートガバナンス。日本とドイツの経済・金融システムの比較やコーポレートガバナンスを研究する。地域活性化にも関心をもち、地方自治体とのプロジェクトにも積極的に取り組む。独ケルン大学博士課程修了。博士(経済学)。ドイツ独占委員会、ドイツ日本研究所研究員を経て、一九九七年にミュンヘン大学日本センター・経営学部教授に就任。二〇一四年より同大学を休職して来日し、現職。著書に『Governance, Risk and Financial Impact of Mega Disasters−Lessons from Japan』(共編著、Springer、二〇一九年)他。

 

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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