新型コロナウイルス感染症の発生で、テレワークやオンライン診療などが急速に広まった。 この経験を経て、私たちの暮らしや働き方は今後どう変わるのか。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(代表理事会長 牛尾治朗)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。新型コロナウイルス感染症の発生を機に、私たちの暮らしや働き方は今後どう変わるのか、議論する。

 

企画に当たって

新型コロナウイルス感染症で変容する暮らしや働き方―今後求められる企業のあり方とは

東 和浩  NIRA総合研究開発機構 理事/株式会社りそなホールディングス 取締役会長

 

 新型コロナウイルスの感染拡大は世界を一変させた。日本では緊急事態宣言が発令され、経済、医療、教育などのあらゆる活動を今まで通りに行うことが困難となる中で、テレワークやオンライン教育・診療などのIT活用が、一気に浸透した。

 感染症の拡大を背景に導入が進んだオンラインサービスだったが、今回インタビューした識者が一様に強調するのが、オンラインサービスは対面サービス(オフライン)の代替手段にとどまらないということだ。オンラインサービスには、選択の幅広さ、アクセスの容易さ、情報の精緻さの点で、オフラインをしのぐ付加価値がある。そして、今回の経験を経て、そのことに皆が気づき始めたという。オンラインでの購買や体験、診察に、人びとは新しい価値を見つけている。

 働き方に対する意識も、多くの人がテレワークを初めて経験したことで、大きく変わった。識者は、テレワークが予想以上に機能し、想定していたよりも便利であることに、皆が気づいた点は大きいと指摘している。実際、テレワークを標準的な働き方として取り入れる企業も出てきている。

 こうした生活変容は、感染症が終息した後も、確実に生活の一部に取り入れられることになろう。これまで、日本企業は、顧客対応や組織経営において、どちらかというとオフラインでの対応を重視してきた。しかし、感染症に対応する中で、デジタル化に後ろ向きだったとされる経営層を含め、多くの人びとがECやテレワークといったオンラインサービスを活用した生活を実践し、その意義を感じてきたはずだ。この共通体験を企業内で共有知に昇華させ、企業活動のあらゆる場面で具体化させることが求められる。オンラインとオフラインの最適な組み合わせをいち早く見つけ、両利きでの対応を実践していくこと、それが企業の活路を開くことになろう。

東 和浩  NIRA総合研究開発機構 理事/株式会社りそなホールディングス 取締役会長

識者に問う

新型コロナウイルス感染症の発生により、どのような変化が起きているか。
今後、暮らしや働き方はどう変わるのか。

 

「消費者の楽しさが膨らむE コマースへ」

アレクサンダー・ファーフニック 株式会社天喜ジャパン 代表

リアルな店舗での購入が「主」で、オンラインでの購入が「従」、というのは古い発想だ。二〇代、三〇代が経営する中国の大企業は、Eコマースに積極的に投資している。Eコマースは、商品の選択肢が豊富で価格も安い。若い年齢層こそ、将来の利用者となるだろう。

アレクサンダー・ファーフニック 株式会社天喜ジャパン 代表

 

 

「変化に強いシェアリング経済」

上田祐司 株式会社ガイアックス 代表執行役社長/一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事

オンラインを利用したイベントや体験教室、記者会見の開催、「オンライン就活」などのシェアリング経済は好調。コロナ後も需要は続くと思う。シェアリング経済の企業は、需要やニーズの変化に素早く対応し、スピーディーにビジネスを転換できる。

上田祐司 株式会社ガイアックス 代表執行役社長/一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事

 

「コロナ禍で拡大したオンライン診療が、次世代医療の基礎となる」

原 聖吾 株式会社MICIN 代表取締役CEO

感染症の拡大でオンライン診療の意義が見直され、これまでの、対面での診察が安全・安心のよりどころという患者の意識が変わった。今後オンライン診療が拡大すれば、患者のデータを日々モニタリングして、適切なタイミングで治療する「新しい安全・安心」を提供できるようになる。

原 聖吾 株式会社MICIN 代表取締役CEO

 

「働く場所と時間の多様化」

青野慶久 サイボウズ株式会社 代表取締役社長

テレワークで、在宅という働く場所の選択肢が増えた。働く場所の多様化の次に取り組むべきは、働く時間も柔軟に変える時間の多様化だ。柔軟な働き方を進めるには、「(社内)制度」「(ITなど情報共有の)ツール」「(企業)風土」の3つが必要になる。

 

青野慶久 サイボウズ株式会社 代表取締役社長

 

 

「分散型のオープンな組織で、信頼の醸成を」

鳥居大祐 株式会社みらい翻訳 COO兼 CTO

リモートワークで働く人が増えると、メンバー間でのコミュニケーションが、組織にとって大きな課題となる。Eメールやチャットなどの非同期型ツールを有効に活用し、意思決定の透明性を高めることが、メンバー間の信頼醸成に欠かせない。

鳥居大祐 株式会社みらい翻訳 COO兼 CTO

 

新型コロナウイルス感染症の発生を機に、私たちの暮らしや働き方は、今後どう変わるのか

 

データで見る 変容する暮らしや働き方

E コマース消費指数の2020 年1 月後半からの変化率(2020 年4 月後半–6 月前半)

 

「(感染症の発生で)これまでEコマースを利用しなかったシニア層の人が新たに使い始める契機になったのは確かだが、…リアルの店舗での消費の減少を補うほどには増加していない。(ファーフニック氏)」

 

E コマース消費指数の2020 年1 月後半からの変化率(2020 年4 月後半–6 月前半)

注) グラフの数値は、出所元で参考系列として算出している2020 年4 月後半–6 月前半(4 期間)の対1 月後半比を平均したもの。
出所) JCB/ナウキャスト「JCB 消費NOW」を用いて作成。

 

オンライン体験参加者数(2020 年3 月–5 月):㈱ガイアックスの事例

 

「オンラインを利用した体験型のシェアリング経済の人気は、上昇している。…こうしたオンラインサービスは、コロナ禍が終息したら終わりではなく、今後も継続していくと思う。(上田氏)」

 

街歩きや自然体験等の「体験」提供サービスで、オンラインでの提供を始めたところ、参加が急増。2020 年5 月には、サービス全体の参加者数が前年5 月と同水準となった。

オンライン体験参加者数(2020 年3 月–5 月):㈱ガイアックスの事例

注) グラフは、「TABICA」の参加者数の推移。2019 年はオンライン体験を提供していないため、オンライン体験参加者数は0。
出所) 株式会社ガイアックスよりヒアリング。

 

道府県別でみたオンライン診療の実施率(2020 年7 月)

 

「新型コロナウイルス感染症の拡大によって、「オンライン診療」の本質的な価値が明らかになった。(原氏)」

 

人口密度の低い道府県のほうが、オンライン診療の実施率が高い(相関係数:-0.382)。

道府県別でみたオンライン診療の実施率(2020 年7 月)

注1) オンライン診療の実施率は、新型コロナウイルス感染症に対してオンライン診療を行う医療機関(病院・一般診療所)数を、平成29 年医療施設調査における医療機関の総数で割ったもの。
注2) 人口密度が1,000 人/㎢以上の都府県は除いた(埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪、福岡)。
出所) 厚生労働省(オンライン診療対応医療機関リスト)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/rinsyo/index_00014.html(7 月6 日アクセス)
人口密度は、総務省統計局「国勢調査結果」と国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」を用いて算出。

 

テレワークを経験した人の移住意識(2020 年6 月)

 

「新型コロナウイルスの発生によって、これまで進まなかったテレワークを多くの人が体験した。…働く場所の選択肢が増え、…、東京の会社に属しつつ地方で働くといったことも可能になる。(青野氏)」

「今後、働き方の多様化が進むことで、長く続いてきた「東京一極集中」に変化が起き、地方への回帰(逆流)が始まるかもしれない。(青野氏)」

 

全国の就業者へのアンケートにおける「テレワークにより、通勤を減らし、遠隔地の好きなところに住むことができる」という質問への回答結果。テレワーク経験者のほうが移住に肯定的で、都市圏・地方圏ともに同様の傾向がみられる。

テレワークを経験した人の移住意識(2020 年6 月)

注1) 回答数12,138。グラフは、「わからない」と回答した2,042 を除いた。
注2) 三大都市圏は、東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)、名古屋圏(愛知県、岐阜県、三重県)、大阪圏(大阪府、京都府、兵庫県、奈良県)の3 つの都市圏。地方圏は、三大都市圏以外の地域。
出所) 大久保敏弘・NIRA 総研(2020)『第2 回テレワークに関する就業者実態調査(速報)』を用いて作成。

 

識者紹介

アレクサンダー・ファーフニック 株式会社天喜ジャパン 代表

株式会社天喜ジャパンは、Eコマース・マーケティングテクノロジーを強みとして、Eコマース事業者の成長に貢献している企業。ファーフニック氏は、二〇〇四年から、中国にて五社のスタートアップを起業したシリアルアントレプレナーとして活動。五社目のXibaoはアリババにサービスを提供し、二〇一五年に上場。二〇一六年に日本へ移住し、日本向けに同社を設立。各国の言語と文化への造詣が深く、ロシア語、ヘブライ語、英語、中国語が堪能。ここ日本では、日本語でもコミュニケーションを行っている。

 

上田祐司 株式会社ガイアックス 代表執行役社長/一般社団法人シェアリングエコノミー協会 代表理事

株式会社ガイアックスは、ソーシャルメディアやシェアリングエコノミーを活用し、社会課題の解決を目指す企業。人と人をつなげ、新しい「つながり」を生み出すことをミッションとする。ライドシェアサービス、ワークスペース・シェアリングサービス等をはじめ、多様なBtoB事業、CtoC事業を展開。社員の起業を積極的に支援し、新卒入社卒業生の六割は起業する。同志社大学経済学部卒業後、ベンチャー支援を事業内容とする企業を経て、一九九九年に同社を設立。一般社団法人シェアリングエコノミー協会代表理事。

 

原 聖吾 株式会社MICIN 代表取締役CEO

株式会社MICIN(マイシン)は、オンライン診療サービス「curon」(クロン)を提供する企業。スマートフォンを使うことにより、医療機関の予約から問診、決済、医薬品の配送手続きまで、オンラインで完結させることができる。東京大学医学部卒業、スタンフォードMBA。国立国際医療センター、日本医療政策機構、マッキンゼー等を経て、二〇一五年に株式会社情報医療(現株式会社MICIN)を設立。厚生労働省「保健医療2035」事務局にて、二〇三五年の日本における医療政策についての提言策定に従事した。

 

青野慶久 サイボウズ株式会社 代表取締役社長

サイボウズ株式会社は、企業向けグループウェアの開発、販売、運用やチームワーク強化メソッドの開発、販売、提供を行う企業。「チームワークあふれる社会を創る」を理念に、さまざまなサービスを提供している。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、一九九七年に同社を設立。総務省ワークライフバランス推進外部アドバイザー、総務省IoT政策委員会情報通信審議会専門委員などを歴任。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社、二〇一五年)他。

 

鳥居大祐 株式会社みらい翻訳 COO兼 CTO

株式会社みらい翻訳は、企業向けテキスト翻訳サービスやベンダー向け音声翻訳APIサービスを提供する企業。機械翻訳を通じ、言語の壁を越え、新しい生活と仕事の様式をもたらすことをビジョンとする。京都大学大学院情報学研究科にて博士号取得後、株式会社NTTドコモに入社。データサイエンティストの先駆けとして機械学習による大規模データの解析に従事。二〇一五年二月より株式会社みらい翻訳にて、機械翻訳を中心とした自然言語処理の技術開発に従事。二〇一八年一月より同CTO、二〇一八年十二月より同COOとして経営全般に携わる。情報学博士。

 

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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