組織と個人をリ・アジャストする

テレワークなど、ICT を活用した新しい働き方が始まった。 ICT によるコミュニケーションの変化は、組織と個人にどんな変革をもたらすのか。 また、未来の組織像はどうなるのか。 ポストコロナを見据えた組織と個人の変革のあり方を問う。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(代表理事会長 金丸恭文)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。ICT によるコミュニケーションの変化は、組織と個人にどのような変革をもたらすのか、議論する。

 

企画に当たって

組織と個人をリ・アジャストする―顧客に最適解をスピーディーに提供せよ

金丸恭文  NIRA総研 会長/フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長 グループCEO

 

 

 新型コロナウイルスのまん延によって、日本企業はかつてない変革を迫られている。新しい状況に合わせて、既存のシステムを再調整する「リ・アジャストメント」こそが重要だ。例えば、今の状況で企業を立ち上げるとしたら、どんな組織を作るべきなのか。

 企業の役割とは、顧客に最適解をスピーディーに提供することである。組織は、それに即したものに変わっていかねばならない。端的に象徴するのが、Slack やTeams などのビジネスチャットツールだ。チャットツールでは、すべてがタスクベースで進行する。チャットにおいて重要なのは、人の意見を取り入れて考え、有意義な意見をどんどん出していくことであり、役職など何の関係もない。自分の存在意義を確認するために必要なのは、役員室や通勤ではなく、スペシャリティーをもってタスクフォースの中でいかに貢献していくかだ。経営者や社員のマインドにも変革が求められる。

 日本企業の問題点は、とにかくコミュニケーションに時間が掛かり、意思決定の規模も小さいことにある。だが日本の隣には一〇倍の人口を抱え、一人ひとりの欲望も日本人よりはるかに大きい、中国が存在している。そんな国と渡り合っていくには、コミュニケーションを速く、意思決定の規模を大きくするしかない。

 本号の識者の一人、Zホールディングス株式会社代表取締役社長CEOの川邊健太郎氏は、ICTによって組織と個人のパワーバランスが変化し、対等な関係になっていくと予測する。ICTの進展を背景とする意思決定のあり方の変化は、個人の意識変革をもたらし、組織は個人の集合体ではなく、個人をエンパワーする機能を担う。「リ・アジャストメントの時代」には、企業も働く側も、その役割や機能が市場から厳しく問われることになる。(一部抜粋)

金丸恭文  NIRA総研 会長/フューチャー株式会社 代表取締役会長兼社長 グループCEO

識者に問う

ICTによるコミュニケーションの変化は、組織と個人にどんな変革をもたらすのか。
未来の組織像はどうなるのか。

 

「市場取引か、階層組織化か」

トーマス・リー カリフォルニア大学バークレー校 ハース・スクール・オブ・ビジネス 准教授

ICTの進展は、企業内の意思決定や行動の透明性を高め、組織のあり方を変化させている。また、市場取引の透明性を高め、企業間の関係性を変化させている。経営者は、どのようにICTを導入し、企業内文化や、企業内外での信頼を構築していくかが問われている。

トーマス・リー カリフォルニア大学バークレー校 ハース・スクール・オブ・ビジネス 准教授

 

 

「インティマシーをいかに創出するか」

谷本有香 フォーブスジャパン Web編集部 編集長

日本企業がイノベーションを起こせなかったのは、「イノベーションを起こすコミュニケーション」がないからだ。ICTツールで、そうしたコミュニケーションの土壌を作ることができる。クリエイティブな組織は、組織に「インティマシー」をもたらす空間や機会をたくさん創出している。

谷本有香 フォーブスジャパン Web編集部 編集長

 

「効率か効果か―センスで見極めよ」

楠木 建 一橋大学大学院経営管理研究科 教授

リモートワークはコロナ禍が終息しても定着するだろう。オンラインとオフラインの使い分けが重要になる。オンラインは「効率」がよいが、面談や会議の「効果」を求めるなら、オフラインが適している。効率か、効果か、その見極めは「センス」だ。優れた経営者は、スキルだけでなく、センスを磨いている。

楠木 建 一橋大学大学院経営管理研究科 教授

 

「大学は社会変革を駆動する「経営体」へと生まれ変わる」

五神 真 東京大学 総長

DXが急速に進み、世界の産業構造は知識集約型へのシフトが進んでいるが、日本はいまだ「ものづくり」ベースから抜け出せていない。知識集約型への変革を駆動する役割は、「知」の活動拠点である大学こそが担える。そのために、大学自ら戦略を立て、「経営体」として行動していく。

 

五神 真 東京大学 総長

 

 

「やりたい個人を後押しするのが組織の役割になる」

川邊健太郎 Zホールディングス株式会社 代表取締役社長CEO

ICTは「個人のエンパワーメント」をもたらし、従来は組織で行っていたことを、個人が単独でも遂行できるようになった。今後、個人はよりミッションドリブンに離合集散し、組織は「やりたい個人」を支えるプラットフォームの役割が求められるようになる。組織と個人はより対等な関係になる。

川邊健太郎 Zホールディングス株式会社 代表取締役社長CEO

 

 

データで見る 変容する暮らしや働き方

CIO とCFO が協働することの利点(2018 年)

 

「企業のCIO(最高情報責任者)は、ICTを活用した業務の効率化に注力してきたが、今は、企業戦略を担う役割に変わってきている。市場の変化に機敏に対応できるよう、CIOの機能をCFO(最高財務責任者)に統合する事例も多くみられる。(リー氏)」

 

CIO とCFO が協働することの利点(2018 年) 出所) Forbes Insight, Dell Corporation Limited (2018) “IT TRANSFORMATION: Success Hinges on CIO/CFO Collaboration”

注) 世界のエグゼクティブ(CIO、CFO、COO、CEO)500 人を対象に実施されたアンケート調査で、「CIO とCFO が緊密に協働することで生じる最大の利益は何ですか」の回答結果(上位5つ)。「その他」の項目には、「売上・利益を向上できる」「組織内運営を改善・効率化し、コストカットできる」「株主価値を向上できる」が含まれる。
出所) Forbes Insight, Dell Corporation Limited (2018) “IT TRANSFORMATION: Success Hinges on CIO/CFO Collaboration” https://i.forbesimg.com/forbesinsights/dell/dell_it_transformation.pdf(2020/09/01 アクセス)

 

企業規模別のICT ツール導入状況(2020 年6 月)

 

「企業は、組織・業務のさまざまな場面でICTを応用している。これによって、企業内での意思決定や行動の透明性が高まり、業務状況の監視も容易となった。(リー氏)」

「LINE やFacebook、Slack といったICTツールを使って、イノベーションを起こすためのコミュニケーションの土壌をつくり出すことができる。その成否が、イノベーションを生みうる企業になるかどうかの分岐点だ。(谷本氏)」

 

企業規模別のICT ツール導入状況(2020 年6 月) 出所) 大久保敏弘・NIRA 総合研究開発機構(2020)『第2 回テレワークに関する就業者実態調査報告書』

注) 全国の就業者を対象にしたアンケート調査で、「2020 年6 月1 週目時点で、あなたは通常の職場に出勤しての勤務やテレワークで、以下のどのICT ツールを利用していましたか」(複数選択可)の回答結果。
出所) 大久保敏弘・NIRA 総合研究開発機構(2020)『第2 回テレワークに関する就業者実態調査報告書』」

 

就業者のテレワークに対する考え(2020 年6 月)

 

「オフィスに出勤せずに自宅などで仕事をするリモートワークは、「毎日、通勤するような面倒なことは嫌だ」という人間の本性に即しており、コロナ禍が終息しても定着していくと思う。(楠木氏)」

「今後、テレワークが継続されるか否かは、職場で行動や規範を規定する企業文化を維持し、進化できるかにかかっている。(リー氏)」

 

就業者のテレワークに対する考え(2020 年6 月) 出所) 大久保敏弘・NIRA 総合研究開発機構(2020)『第2 回テレワークに関する就業者実態調査報告書』

注1) 全国の就業者を対象にしたアンケート調査で、「今後のテレワークに関するあなたの考えとして、最も近いものをお答えください」という設問の各項目に対する、テレワーク利用者の回答の割合。
注2) *は「組織・事業としての結束や一体感の維持が難しくなる」という設問項目に対する賛成、反対の回答を反転させて作成している。
出所) 大久保敏弘・NIRA 総合研究開発機構(2020)『第2 回テレワークに関する就業者実態調査報告書』

 

東京大学の産学連携:金額別の共同研究実績(2016 年・2019 年)

 

「大学が民間企業の投資の受け皿になるために、大型の「産学協創」を目指す。これまでの産学連携は現場の課題解決を目指すものが多く、ほとんどが数百万円規模にとどまっていた。大学の知の価値も過小評価されていた。(五神氏)」

 

東京大学の産学連携:金額別の共同研究実績(2016 年・2019 年) 出所) 東京大学より提供

注) 棒グラフは金額別の件数、また、折れ線グラフは金額別の研究費総額を示す。
出所) 東京大学より提供

 

識者紹介

トーマス・リー カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネス 准教授

イノベーションや新製品の開発を実現するためのICTについて研究。テキスト・マイニングやデータ・マイニング手法の開発を専門とし、近年は、オンライン顧客レビューのテキストをマイニングして市場の構造化を促すような取り組みを行っている。MIT工学システム学科よりPh.D.を取得。ペンシルベニア大学准教授等を経て、現職。

 

谷本有香 フォーブスジャパン・Web編集部 編集長

トニー・ブレア元英首相、スティーブ・ウォズニアック アップル共同創業者をはじめ、三〇〇〇人を超える世界のVIPにインタビューしたインタビューのプロフェッショナル。『世界のトップリーダーに学ぶ―一流の「偏愛」力』(二〇一八年、ディスカヴァー・トゥエンティワン)など、その知見にもとづくリーダー論多数。ブルームバーグTVで金融経済アンカーを務めた後、米国でMBAを取得。その後、日経CNBCキャスター、また同社初の女性コメンテーターを務め、二〇一六年より『フォーブスジャパン』に参画。二〇二〇年六月より現職。

 

楠木 建 一橋大学大学院経営管理研究科 教授

鮮やかな切り口で描き出す経営論に定評がある。著書『ストーリーとしての競争戦略』(二〇一二年、東洋経済新報社)は二五万部を超えるベストセラー。企業戦略だけでなく、リーダー像や若者の仕事術、働き方など、さまざまなアプローチで、成熟社会における仕事のあり方についての思考を重ねている。専門は、競争戦略論、イノベーション。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授等を経て、二〇一〇年より現職。政府審議会委員、学会理事のほか、民間企業の経営アドバイザーなども多数歴任

 

五神 真 東京大学 総長

二〇一五年より第三〇代東京大学総長を務める。産業・社会が知識集約型に転換する中、知の拠点である大学が果たすべき新たな役割を説き、改革を進めてきた。大学の役割拡張の構想は、全都道府県の大学・研究機関をつなぐ学術情報ネットワーク「SINET」を核とするスマートアイランド化等、多岐にわたる。日本学術会議会員、未来投資会議議員、科学技術・学術審議会委員等、公職も多数歴任。東京大学工学部助教授、大学院工学系研究科教授、大学院理学系研究科教授、副学長、大学院理学系研究科長等を経て現職。専門は、光量子物理学。理学博士(東京大学)

 

川邊健太郎 Zホールディングス株式会社 代表取締役社長CEO

大学在学中にベンチャー企業を設立。その後設立したピー・アイ・エム㈱とヤフー㈱の合併に伴い、二〇〇〇年にヤフーへ入社。「Yahoo! モバイル」の担当プロデューサー、Yahoo! ニュースの責任者等を経て、㈱GYAO 代表取締役社長に就任し、事業再建に取り組む。二〇一二年ヤフー㈱COO、二〇一八年よりヤフー㈱代表取締役社長CEO。ヤフーの持株会社体制への移行に伴い、二〇一九年一〇月からはZホールディングス㈱およびヤフー㈱代表取締役社長CEO。

 

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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