未知の感染症に挑む自治体トップの覚悟

2020 年、新型コロナウイルスの感染拡大で、自治体は未知の感染症への対応を迫られてきた。 県知事と市長の5 名は、どのような覚悟で第一波に挑んだのか。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(理事長 谷口将紀)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。新型コロナウイルスの感染拡大で、自治体トップはどのような覚悟で第一波に挑んだのか、振り返る。

 

企画に当たって

自治体トップの模索と工夫が生む変化―中央と地方の関係をバージョンアップする

宇野重規  NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学社会科学研究所 教授

 新型コロナウイルスの感染拡大に対するさまざまな試みは、あるいは、日本における中央-地方関係、さらに自治体間の関係を大きく変えるきっかけになるかもしれない。

 言うまでもなく、未知のウイルスの正体を突き止め、その感染拡大を防止するためには、関係する専門家の知識をすべて動員し、国を挙げて対策を講じるべきであろう。また、対策の実施に当たっては、法律の整備や財政上の施策が必要になるが、これも第一義的には国の役割である。病気の感染者はもちろん、経済的にダメージを受けた人々や企業に必要なサポートを提供するのも、国が主導して行うべき事柄に違いない。

 その一方で、広い国土の日本において常に一律の対策が必要なわけではない。地域ごとの状況に合わせて、具体的な対策を実現するのは地方自治体の役割である。場合によって、国とは異なる判断をせざるをえない場合もあるだろう。さらに住民の多様な声に応え、必要な対策を講じることも、住民により身近な自治体の役割である。

 これらの課題は、新型コロナウイルスの感染拡大以前から明らかであったが、具体的な課題の出現とそれへの対応を通じて、より切迫したものとして感じられたはずである。この機会に、自治体ごとの独自の対応策をめぐる情報を集約し、得られた知見を相互に共有することは極めて有意義であろう。

 この企画では五つの自治体の首長にインタビューを行い、感染症への対応の中で、自治体の抱えた困難と、国と自治体、あるいは自治体間のあるべき関係について話をうかがった。

 国によるサポートを確保した上で、いかに地域ごとの模索や工夫を最大限化できるか。そしてその成果となる知見を共有し、全国的なデータベースを構築するか。新型コロナウイルス対策を契機に、日本の中央-地方関係、さらに自治体間の関係をバージョンアップさせたい。(一部抜粋)

 

宇野重規  NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学社会科学研究所 教授

識者に問う

新型コロナへの対応で、それぞれの自治体はどのような問題を抱え、どう乗り越えたのか。
今後、必要な備えは何か。

 

「応答性のある対話で、より良い自治を追求する」

三日月大造 滋賀県知事

感染者が急増した4月には、県民から「知事への手紙」が殺到し、患者の特定を求める声もあった。社会が壊れてしまうと感じた私は、県民との「応答性のある対話」を何より心掛け、把握した県民の声を対策に生かしてきた。すべての人の自由と平等、多様性と持続可能性の大切さを県民に伝えている。

三日月大造 滋賀県知事

 

 

「感染症法の基本に忠実に、論理的に決断」

仁坂吉伸 和歌山県知事

2月に国内初の院内感染が県内で発生した。早期発見と早期隔離を重視し、感染者の行動履歴を徹底的に調査。国のスタンスに倣わず関係者全員のPCR検査に踏み切り、3週間で収束させた。論理的に物事を判断し、知事権限の範囲内で責任を持って対応する。国と地方はそれぞれで責任を持つことが大事だ。

仁坂吉伸 和歌山県知事

 

「近隣自治体や住民といかに情報共有していくか」

稲村和美 兵庫県尼崎市長

尼崎市は大阪と一体性が強い。当初から近隣の阪神エリアの首長とSNSで頻繁に情報交換を行い、広域で揃えるべき対策は揃えた。一方、生活の場所と勤務先が県を越える場合、管轄する保健所間での「横」の情報共有が難しく、全体像の把握は時に困難を極めた。全国規模での統合的なデータベースが必要だ。

稲村和美 兵庫県尼崎市長

 

「朝令暮改は必ずあると理解を求め、事に当たった」

石山志保 福井県大野市長

感染症の実態が見えず、何が正しい情報で取るべき対策なのか、国や県の発表、テレビや新聞の報道を確認しながらの、手探りでの対応が迫られた。2月末に国が出した小中高校の全国一斉休校の要請で、私も対策を打つ腹を決めた。職員には「朝令暮改は必ずある」と理解を求め、頑張ってもらった。

 

石山志保 福井県大野市長

 

 

「いち早く合理的な戦略を実行し、国と連携する」

平井伸治 鳥取県知事

鳥取県は高齢者が多く、いち早く対策を急いだ。当初、県の病院の病床は12床だったが、3月の人口あたりの確保病床数は鳥取県が日本トップになった。信頼関係を築いてきた医師会の協力が大きい。地域の条件は千差万別で、47の自治体があれば、47の戦略がある。現場主導でのアプローチが重視されるべきだ。

平井伸治 鳥取県知事

 

新型コロナへの対応で、それぞれの自治体はどのような問題を抱え、どう乗り越えたのか。「国と地方の役割分担と信頼関係」「リーダーシップの発揮」「市民の声に応える」「医師会との協力」「保健所のネットワーク化」

 

データで見る 未知の感染症に挑む自治体トップの覚悟

都道府県の特徴:新型コロナ死亡率・ICU 病床数・医師の知事評価

 

「四七の自治体があれば、四七の戦略がある。感染の拡大状況、確保している医療資源、住民の理解や協力の度合いなど、新型コロナ対策の条件は地域によって千差万別であり、それぞれの解がある。上から示す指針だけでは無理であり、現場主導でのアプローチが重視されるべきだ。(平井氏)」

 

「都道府県の特徴:新型コロナ死亡率・ICU 病床数・医師の知事評価」NIRAわたしの構想No.51

出所) 新型コロナ死亡率は、厚生労働省「国内の発生状況(11 月7 日時点)」を用いて算出。分母は陽性者数。10 万人当たりICU 等の病床数は、高橋泰・江口成美・石川雅俊(2020 年4 月)「地域の医療提供体制の現状―都道府県別・二次医療圏別データ集」日医総研ワーキングペーパーNo. 443,日医総研,第8 版から算出。医師の知事への評価は、m3.com(2020 年8 月13 日)「COVID-19 対応都道府県調査◆ Vol. 1」による。

 

都道府県知事のリーダーシップに対する医師の評価(2020 年7 月-8 月)

 

「(国内初の院内感染が発生した)済生会有田病院の場合はエクストラを行った。…PCR検査の対象を限定するという国のスタンスに倣わず、関係者四七四人全員の検査実施に踏み切り、三週間で病院の完全クリーン化に成功、三月四日には全ての通常業務を再開した。(仁坂氏)」

「自治体が備蓄していたマスク二二万枚を、全て医師会に提供するなど、できる限りの支援を行った。それに医師会が応えてくれ、短期間に、病床数を三〇〇床まで増やすことができた。全国で不足している「診療・検査医療機関」に、鳥取県では八割以上の医院等が協力しているのも、この信頼関係の賜物だ。(平井氏)」

 

「都道府県知事のリーダーシップに対する医師の評価(2020 年7 月-8 月)」NIRAわたしの構想No.51

注) m3.com 編集部が7 月31 日~8 月5 日の間、m3.com 医師会員に対して実施した、勤務先医療機関がある都道府県の新型コロナ対応についての調査。7,338 人が回答。グラフは、評価の数値を加重平均して順位をつけたものから、上位8 位までを抜粋。
出所) m3.com(2020 年8月13 日)「COVID-19 対応都道府県調査◆ Vol. 1」

 

各国のGoogle 検索状況の推移(2020 年1 月-11 月)「緊急事態宣言、またはロックダウン」「マスク」

 

「滋賀県で初めてクラスターが発生するなど感染者数が急増した四月には、不安を抱えた県民から問い合わせや要望が殺到した。(三日月氏)」

「三月中旬に福井県で初の感染者が発生し、四月には大野市内でも数人が感染して、この時期は日に日に緊張が高まった。…ほぼ毎日、対策本部会議を実施していた(石山氏)」

 

「100 50 0 100 50 0 100 50 0 100 50 0 日本 イタリア 台湾 アメリカ 自治体トップの覚悟 未知の感染症に挑む 都道府県の特徴:新型コロナ死亡率・ICU 病床数・医師の知事評価 「新型コロナ」が言及された議事録の割合 (  )内は1 月~ 8 月全議事録数 埼玉県96.15%( 26 件) 東京都77.86%(131 件) 神奈川県90.48%( 21 件) 愛知県58.59%( 99 件) 滋賀県60.81%( 74 件) 大阪府95.83%( 24 件) 和歌山県90.00%( 20 件) 鳥取県95.45%( 22 件) 福岡県66.09%(115 件) 出所) 新型コロナ死亡率は、厚生労働省「国内の発生状況(11 月7 日時点)」を用いて算出。分母は陽性者数。10 万人当たりICU 等 の病床数は、高橋泰・江口成美・石川雅俊(2020 年4 月)「地域の医療提供体制の現状―都道府県別・二次医療圏別データ集」 日医総研ワーキングペーパーNo. 443,日医総研,第8 版から算出。医師の知事への評価は、m3.com(2020 年8 月13 日) 「COVID-19 対応都道府県調査◆ Vol. 1」による。 各国のGoogle 検索状況の推移(2020 年1 月-11 月)「緊急事態宣言、またはロックダウン」「マスク」」NIRAわたしの構想No.51

注) 2020 年1 月1 日~11 月8 日の間、各国における「緊急事態宣言、またはロックダウン」「マスク」に該当する言葉の検索数と、新型コロナウイルス新規感染者数の推移。グラフは、「緊急事態宣言、またはロックダウン」「マスク」の検索数、および新規感染者数が最大となった週の値を、それぞれ100 とした指数。
出所) Google Trends(2020 年11 月8 日アクセス)、Our World in Data, Statistics and Research Coronavirus Pandemic(COVID-19)(2020 年11 月17 日アクセス)を元に作成。

 

都道府県議会で「新型コロナ」が言及された議事録の割合(2020 年1 月-8 月)

 

「この危機の中で、より良い自治はどうあるべきなのか。私が何よりも心掛けたのは、「応答性のある対話」だ。…「知事への手紙」に届いた意見一つひとつに目を通し、県議会議員と定期的に意見交換を行った。(三日月氏)」

「いったん感染が広がったら壊滅的な状況になると脅威を感じ、早くから新型コロナウイルスをどう迎え撃つべきかを議論していた。(平井氏)」

 

「都道府県議会で「新型コロナ」が言及された議事録の割合(2020 年1 月-8 月)」NIRAわたしの構想No.51

注) 目次・議題などの形式的な内容の議事録を除いて計測した。
出所) 各都道府県議会のサイトで提供される議事録検索を用いて、NIRA 作成。

 

識者紹介

三日月大造 滋賀県知事

一橋大学卒業後、西日本旅客鉄道株式会社入社。衆議院議員(四期)、国土交通大臣政務官、国土交通副大臣を経て、二〇一四年より現職。現在二期目。松下政経塾出身。県民との対話・共感・協働に重きを置き、県民の活動現場を訪問して直接対話する「こんにちは!三日月です」の開催は七五回にのぼる。政策形成では、デザイン思考を取り入れることにも挑戦しており、ウィズコロナ・ポストコロナ時代における今後の施策を検討する際にも、デザイン思考の核となるペルソナ分析の手法が用いられた。

 

仁坂吉伸 和歌山県知事

東京大学卒業後、通商産業省(当時)入省。経済産業省製造産業局次長、ブルネイ国大使、社団法人日本貿易会専務理事等を経て、二〇〇六年より現職。現在四期目。県民とのコミュニケーションを大切にしており、就任以来、HPやメールマガジンの「知事メッセージ」で数多くの情報提供や政策説明を行ってきた。全国の自治体に先駆けて「ワーケーション」の普及を推進。コロナ禍で働き方が見直される中で、ワーケーションの活用を踏まえた企業誘致を目指す。二〇一九年に、ワーケーション自治体協議会(WAJ)を設立し、会長に就任。

 

稲村和美 兵庫県尼崎市長

神戸大学卒業後、地元の証券会社に入社。兵庫県議会議員を経て、二〇一〇年より現職。現在三期目。尼崎市では、厳しい財政状況が続く中で、二〇一三年に策定した行財政改革計画『あまがさき「未来へつなぐ」プロジェクト』により、持続可能な行財政基盤の確立を着実に進めてきた。コロナ禍においては、早くからデータ分析班を新設し、分析した感染状況をグラフなども用いて分かりやすい形で、HPで公表している。新型コロナ対策では、状況に応じて臨機応変に、保健所やPCR検査、市民生活のサポートセンター等の態勢を強化してきた。

 

石山志保 福井県大野市長

東京大学卒業後、環境庁(当時)入庁。大野市役所入庁。二〇一八年より現職。現在一期目。「大野ですくすく子育て応援パッケージ」を取りまとめ、若い人たちが大野で住み、結婚し、子育てしたくなるような環境づくりに取り組むほか、二〇二一年四月に開駅予定の道の駅「越前おおの 荒島の郷」の整備により、市民の「稼ぐ力」の向上を目指している。コロナ禍を契機に教育や行政のデジタル化を推進。児童生徒一人一台のタブレット端末導入を早め、本年度末までに整備予定。行政のキャッシュレス化やデジタル環境の整備・運用なども進めている。

 

平井伸治 鳥取県知事

東京大学卒業後、自治省(当時)入省。鳥取県総務部長、鳥取県副知事等を経て、二〇〇七年より現職。現在四期目。政府の新型インフルエンザ等対策有識者会議・新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員。全国知事会の新型コロナウイルス緊急対策本部本部長代理兼副本部長を務め、提言の取りまとめや政府との折衝を担っている。県知事としては、都道府県で初のクラスター対策条例を制定したり、コロナ禍の観光業に対し、県独自のガイドラインを早い段階で作成したりするなど、先手先手の新型コロナ対策を実施し、県内の感染拡大を抑えこんでいる。

 

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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