スマートシティをファイナンスする
2021.8.10 14:00
スマートシティを一過性のプロジェクトに終わらせず、息の長いプロジェクトに育てるために、金融機関はどのように力を発揮できるのか。
公益財団法人NIRA総合研究開発機構(理事長 谷口将紀)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。スマートシティを息の長いプロジェクトとするために、金融機関はどのように力を発揮できるか、考える。
企画に当たって
スマートシティをファイナンスする―都市の革新に挑戦する金融
東 和浩 NIRA総合研究開発機構 理事/株式会社りそなホールディングス 取締役会長
デジタルやICT等の新技術を用いて、より効率的で持続可能な都市を実現しようとするスマートシティ。気候変動への対応など、都市が抱える多様な課題への解決策の一つとなることが期待され、世界各地で取り組みが進む。しかし、成功への道筋はまだ確かではない。先進事例とされたUAEのマスダール・シティはプロジェクトが大幅に延期され、カナダのサイドウォーク・トロントも中止となった。いずれもプロジェクトに市民の共感が得られないことが指摘され、OECDなども新たな経済機会の創出以上に重視すべきは市民の幸福度への寄与としている。スマートシティで何を目指すのか、行政や事業者だけでなく、市民を含めた全ての関係者が認識を一致することが求められる。
本号では、スマートシティのリスクや課題をどう考えるか、特に、ファイナンス面から事業の継続性や経済性をどう担保していくのか。また、日本においても、官民が一体となって進めようしているスマートシティのプロジェクトで、金融機関に求められる役割は何か、六名の識者に話を伺った。
データ活用が、住民、企業、行政、投資家をつなぐ。その連携の基礎となるのが、デジタルによる地域の進化といえる。そのような連携が価値向上の要となるのがスマートシティだ。
金融機関は、これまでも地域とともにあった。地域が衰退しているのに、金融機関が単独で利益をあげることはできない。地域とともにある金融機関だからこそ得られる信頼があり、その厚い信頼の上に、地域の住民や企業の情報をお預かりするからこそできる、エリアマネジメントがある。一つの企業や一つのプロジェクトといった単位で投融資を捉えるのではなく、スマートシティへの参入を機に地域を「市民× エリア× データ」で捉え、三者の価値を向上させることで市民の幸福度を最大化する、という発想に切り替えてみる。
現在、銀行業は金融サービス業へと変化を遂げようとしている。これまで金融機関の常識とされてきた行動や枠組みに捉われず、都市の革新に挑戦することが求められている。
(一部抜粋)
識者に問う
スマートシティのファイナンスにおける課題にどう対応すべきか。
金融機関に求められる役割は何か。
「金融機関の参画で、官民連携を機能させよ」
ランス・カワグチ 脳腫瘍治療財団 CEO
金融業界で、長く世界各地のスマートシティを支援してきた。官民連携(PPP)で、エコシステムを構築するのが望ましい経済モデルだ。多様な関係者が、達成目的について認識を一致させることが重要になる。
「スマートシティの特性を踏まえた資金調達手法を探れ」
浅川博人 三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員
永続的にまちづくりを進めるには、補助金などの一過性の資金だけではなく、長期的な投資に対応できる手法を模索する必要がある。スマートシティの特性を踏まえた投資ファンドなども登場している。
「データと資金が生む好循環」
ダニエル・スタンダー 国際連合 特別顧問
気候変動や災害の多発で、都市の持続可能な発展が危うくなっている。データを活用して利害関係者の都市リスクへの理解を深め、資本を呼び込む「レジリエンス・ファイナンス」で、都市を強くできる。
「異業種連携の調整役となれ」
菊池武晴 一般財団法人日本経済研究所 イノベーション創造センター センター長
日本のスマートシティはまだ実証段階が多く、金融機関からの資金調達はもう少し先の話だ。今、金融機関には、スマートシティのビジネスを形にしていくための、異業種連携やコンソーシアムの調整役が求められている。
「デジタル時代の地域経営の中核に」
中村彰二朗 アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター共同統括 マネジング・ディレクター
会津若松市のプロジェクトに当初から従事してきた。金融機関には、地域経済のCFOの役割を期待したい。さらにキャッシュレス決済にも取り組んでもらいたい。デジタル地域通貨の導入は、銀行の参画が不可欠だ。
「広範にデータを活用し、金融ビジネスの可能性を広げる」
山本英生 株式会社NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部長
スマートシティは、金融機関にとって、地域内の決済情報をデジタルデータで一括して収集できるチャンスだ。キャッシュレス決済を普及し、マーケティングや新ビジネスに活用していくのが、基本的なビジネス展開となる。
データで見る スマートシティをファイナンスする
世界のスマートシティのサービス提供分野(20 都市・933 アプリ分析)
「スマートシティは永続的なまちづくりの一環である。(浅川氏)」
「スマートシティとは、データを活用して市民のくらし満足度を向上させる取り組みだ。地域交通、医療・福祉、エネルギー、廃棄物、防災等、分野は多岐にわたる。(菊池氏)」
「市民に明確な同意をいただいた上で得たデータを「都市OS」という地域プラットフォームで運用することで、ヘルスケアやキャッシュレス決済等、多くの領域で市民にサービスを提供する。(中村氏)」
注) 延世大学が開発したグローバル・スマートシティ開発指標をもとに、20 都市における933 のアプリやウェブを調べ、スマートシティのサービス提供分野を分析した結果。
出所) Junghoon Lee et al.( 2019)“2019 Smart Cities Index Report”. Yonsei Information Systems Intelligence Lab 2019 Smart Cities Index Report
日本のスマートシティ:自治体が考える推進課題
「スマートシティのように公共性が高く、地域間の違いが大きい事業は、一般的に「マネタイズ(収益化)」やそれに基づく長期的な投融資が難しい。(浅川氏)」
「自治体はビジネスモデルの構築は不得意だ。金融機関が果たすべきは、スマートシティのビジネスを形にしていくための、異業種の複数企業や自治体を含めたコンソーシアムの調整役である。(菊池氏)」
「価値あるデータの構築は、スマートシティの理念に市民が共感し、データ活用の明確な同意を得ること(オプトイン)が前提となる。(中村氏)」
注) n=82。スマートシティ・インスティテュート賛助会員である地方自治体へのアンケート調査の回答。スマートシティを推進する上で必要な項目に対し、「全くできていない」「あまりできていない」の回答が多かったものを上から7 つ抜粋。
出所) 一般社団法人スマートシティ・インスティテュート(2021)「第1 回スマートシティ推進に関するアンケート調査〈調査結果概要〉」より作成。
インパクト投資とは
「公共性が高いもののマネタイズが難しい事業に対しては、「インパクト投資」という金融手法の活用を検討できる。(浅川氏)」
「スマートシティと相性のよいファイナンス手法として、「ソーシャル・インパクト・ボンド」が注目される。(菊池氏)」
出所) GIIN(2020)『インパクト投資家に関する年次調査 2020 年版』、GSG 国内諮問委員会(2020)『インパクト投資拡大に向けた提言書2019』、同(2021)『日本におけるインパクト投資の現状と課題- 2020 年度調査-』、ブルー・マーブル・ジャパン『インパクト投資を加速させる 社会的インパクト評価・マネジメントの手法』、社会変革推進財団(2020)『インパクト投資の動向と課題』、ニッセイアセットマネジメント(2020)『上場株式投資におけるインパクト投資活動に関する調査』より作成。
世界各都市の個人情報開示についての市民の反応
「たとえ政府が潤沢に補助金を出しても、資金だけでは成功しない。関係者が達成内容についてバラバラの理解をしていたら事業は失敗する。それを防ぐには、関係者の認識を一致させておくことが必要だ。(カワグチ氏)」
「福島県会津若松市のスマートシティプロジェクトでは、市民の意思で、データを地域や産業の発展のために活用する「オプトイン方式」を徹底している。(中村氏)」
注) 世界109 カ国の都市を対象に、各都市120 人の市民に行われた、自分が暮らす街への評価に関する調査。スマートシティの指標となる「健康と安全」「モビリティ」「アクティビティ」「雇用や教育の機会」「ガバナンス」の主要分野のうち、プライバシー情報に関する質問への回答割合を比較。
出所) Institute for Management Development、Singapore University for Technology and Design( 2020)“Smart City Index 2020” より作成。
識者紹介
ランス・カワグチ(Lance Kawaguchi) 脳腫瘍治療財団 CEO
シティグループやオーストラリア・ニュージーランド銀行、HSBC等、二五年以上にわたり世界各地の金融業界で経験を積み、その間にオープンバンキングやスマートシティ等、銀行のデジタル化に関する記事を多く執筆。HSBCではマネージングディレクター、グローバルヘッドを務めた。二〇二一年から現職。財団の組織改革に取り組み、脳腫瘍のコミュニティの団結、その生存率と生活の質の向上に貢献している。人種や性別の多様性への取り組みが評価され、「BAME 100 Board Talent Index」等、数多くの賞を受賞。インディアナ大学ブルーミントン校卒業。
浅川博人 三井住友トラスト基礎研究所 上席主任研究員
株式会社三井住友トラスト基礎研究所にて、PPP・インフラ投資等に関するリサーチ・コンサルティングに従事。二〇二一年三月公表『スマートシティ開発を支える投資ファンド手法の研究』は、スマートシティのファイナンス手法を体系的に調査・研究した希少な報告書。一九九七年に三井物産株式会社入社。同社で国内外のプロジェクトファイナンス組成、インフラファンド組成・運用等を経験。二〇二〇年より現職。執筆実績に『スマートシティ2025 ビジネスモデル/ファイナンス編』(三井住友トラスト基礎研究所・日経BP総研著、日経BP社、二〇二〇年)他。
ダニエル・スタンダー(Daniel Stander) 国際連合 特別顧問
国連の特別顧問としてリスクと金融に焦点を当てている。気候変動や潜在的な災害に直面しても、資本家が責任ある投資先を見いだす「レジリエンス・ファイナンス」のパイオニア。Resilient Cities Network 副議長。Risk Management Solutions グローバル・マネージング・ディレクターも務めた。オックスフォード大学修士。
菊池武晴 一般財団法人日本経済研究所 イノベーション創造センター センター長
一般財団法人日本経済研究所にて、オープンイノベーションのための場づくり(iHub)やスマートシティの企画等に従事。株式会社日本政策投資銀行業務企画部イノベーション推進室課長を兼務し、資金提供やコンサルティングを通じた新事業支援にも取り組む。同行の環境・CSR部課長や内閣府PFI推進室、環境省総合環境政策局への出向、関西支店次長等を経て、現職。グリーンファイナンスにも精通。著書に『再生可能エネルギーと新成長戦略』(共著、エネルギーフォーラム、二〇一五年)。東京大学卒業。オックスフォード大学大学院修士課程修了(環境経営学)。
中村彰二朗 アクセンチュア・イノベーションセンター福島 センター共同統括 マネジング・ディレクター
二〇一一年アクセンチュア入社後、東日本大震災を機に、福島県及び東北復興を目的に設立した、アクセンチュア・イノベーションセンター福島のセンター長に着任し、居を会津若松市に移し、復興支援に従事。二〇一四年からは日本の再生を実現するため、復興から地方創生へとステージを移し、首都圏一極集中から分散配置論を提唱、会津若松市を実証フィールドと位置づけ、デジタルシフトによるスマートシティ・地方創生事業を推進し、会津発での地方創生モデル構築・成功事例の全国展開に取り組んでいる。
山本英生 株式会社NTT データ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部長
株式会社NTTデータにて、金融機関のデータマネジメントの高度化に貢献。ITグランドデザイン、ビッグデータ活用などの幅広い知見を背景にした金融の将来像についての提言も多い。「センシングファイナンス」という造語の生みの親。テクノロジーのトレンドをまとめた金融版『NTT DATA Technology Foresight』の責任者でもあり、金融分野での先進技術領域といったITトレンドの情報発信も行っている。慶應義塾大学卒業。
※記事全文
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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)
NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。
ホームページ:http://www.nira.or.jp/
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