現代世界を覆うのは、「今、ここ」だけを考える極端な短期思考だ。地球環境問題などを見据え、未来の視点を大切にする「長期思考」にシフトするために、何が必要なのか。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(理事長 谷口将紀)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。地球環境問題など、将来世代に影響を及ぼす課題を見据え、今、何が必要か考える。

 

企画に当たって

私たちは未来を変えられるか
― 地球規模の長期課題に立ちはだかる、極端な「短期思考」

宇野重規  NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学社会科学研究所 教授

宇野重規  NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学社会科学研究所 教授

 現代世界を覆っているのは、極端な「短期思考」である。人はどうしても、すぐ目の前のことしか見ないし、考えない。短期的に成果を求められる現代においてはなおさらだろう。トクヴィルは、19世紀初頭の段階ですでに、人々の思考が「今、ここ」に集中しがちであることを指摘している。先祖代々受け継がれてきた土地は分割されて売却され、家族の記憶は見失われる。人は将来世代を想像することも難しくなり、極めて短い時間軸においてしかものを考えられなくなるとトクヴィルは予言した。

 現代において、人々の短期思考に警鐘を鳴らしたのは、文化思想家のクルツナリック氏である。氏はその印象的な著作『グッド・アンセスター』において、私たちに「よき祖先」にならないかと呼びかけた。本インタビューにおいても、氏の問題意識は、鋭く、明確である。

 本号は、「長期思考」の重要性を唱える5人の識者にお話しを伺った。

 私たちは自分たちの存在を、短い時間軸で捉えるとかえってその意義を見失う。長い時間軸においてこそ、個人や組織の意味が見えてくることを忘れてはならない。

(一部抜粋)

 

識者に問う

長期思考で、社会はどう変わるのか。
長期思考にシフトするには、何が必要なのか。

 

私たちは未来を「植民地化」している

ローマン・クルツナリック 文化思想家

ローマン・クルツナリック 文化思想家 Photo:Kate Raworth

私たちは、未来を担う将来世代に意志決定の権利も代表権も与えず、破壊的な行為を繰り返している。これは「未来の植民地化」だ。長期思考とは、将来の世代に利益をもたらす行動をとり、世代間の公平性を向上させる考え方だ。社会の構造を変え、長期思考を促す行動様式を醸成する必要がある。

 

 

「私」の存在をより大きな時間軸で捉える

松本紹圭 現代仏教僧

松本紹圭 現代仏教僧

気候変動などの惑星規模の問題では、今、見えている世界を考えるだけでは、人類全体、ひいては惑星全体をリスクに晒すことになる。自らの存在や生きる意味を自分の人生の内に完結させず、広大な時間軸の中に捉える意識を取り戻したい。日本では、「ご先祖様」の存在が一つの鍵になるだろう。 

 

 

将来世代の視点から、社会デザインを行う

西條辰義 高知工科大学フューチャー・デザイン研究所 所長

西條辰義 高知工科大学フューチャー・デザイン研究所 所長

われわれの社会の根幹である「市場」「民主制」「サイエンス」に欠けているのは、将来世代はどう考えるかという視点だ。私は、人びとの考え方や生き方に、「仮想未来人」の視点を取り入れるための社会的装置として、「フューチャー・デザイン」を提唱している。

 

 

世代を超えて守るべき価値の再認識を

小林慶一郎 慶應義塾大学経済学部 教授

小林慶一郎 慶應義塾大学経済学部 教授

原発廃棄物や気候変動などの問題は時間軸が長く、利益を受ける人と、コストを支払うべき人が違う世代になる。日本の財政問題も同様だ。「自分が生きている間に利益を得られなくても、将来世代が利益を得るなら、進んでコスト負担しよう」と考えるような価値観を持つことが必要である。

 

 

 

 

日本の老舗企業の価値観は、これからのグローバルスタンダード

野村 進 拓殖大学国際学部 教授

野村 進 拓殖大学国際学部 教授

日本には創業100年を超える老舗企業が多く、世界全体の百年企業の4割を占める。日本の老舗の特筆すべき特徴は、近江商人の家訓として有名な「三方よし」が重視されてきたことだ。「世間よし」に表されるような利他的な精神、社会の発展を大切にする価値観は、これからの世界基準になっていくだろう。

 

 

 

 

データで見る 「長期思考」は未来を変える

人類が地球に与える影響力の加速(1750年–2010 年)

「「長期思考」が極めて重要となっている。人類が未来に対して、かつてないほどの壊滅的な影響を与えるようになったことが背景にある(クルツナリック氏)」

「気候変動などの社会課題や惑星規模の問題を前にした時、見えない存在とのつながりを考慮せず、見えている世界に閉じてしまえば、人類全体、ひいては惑星全体をリスクに晒すことになる。(松本氏)」

「サイエンスの知見も、農業や工業での利活用を広げ、人口増や経済発展に寄与したが、生活の快適さを求めるあまり、温暖化の原因になっている温室効果ガスや反応性窒素の排出拡大とその将来的な影響を制御できなかった。(西條氏」

「人類が地球に与える影響力の加速(1750年–2010 年)」NIRAわたしの構想No.58

注) 「1 次エネルギー消費量」は2008 年、「二酸化炭素排出量」は2013 年までのデータ。「オゾン層の減少」は1956 年-2012 年のデータで、10 月の南極ハレー基地上空のオゾン全量の最大減少率(2 年移動平均)を示す。観測開始から10 年間の平均値である305DU を基準としている。「熱帯林の減少」は2011 年までのデータで、1750 年からの減少率を示す。
出所) Steffen, W., W. Broadgate, L. Deutsch, O. Gaffney and C. Ludwig( 2014). “The Trajectory of the Anthropocene: the Great Acceleration,” The Anthropocene Review. より抜粋。

 

世代間連帯指標:国別ランキング(2019 年)

「原発廃棄物や気候変動など、現在の行動が将来世代の生存に影響する長期的な問題は時間軸が長く、利益を受ける人と、コストを支払うべき人が違う世代になることが特徴である。(小林氏)」

「長期思考とは、将来の世代に利益をもたらす行動をとり、世代間の公平性を向上させようとする考え方だ。この長期思考を社会規範とするためには、基礎となる社会の構造を変え、長期思考を促す行動様式を醸成することに努めねばならない。(クルツナリック氏)」

「これまで意識していなかった将来を思う気持ちが顕在化し、人々の考え方や生き方に変容が起これば、「今の世代も将来の世代も、幸せに生きていくためにはどうしたらいいのか」と考える社会になっていく(西條氏)」

「世代間連帯指標:国別ランキング(2019 年)」NIRAわたしの構想No.58

注) 世代間連帯指標は、環境(森林被覆率の変化、カーボンフットプリント、再エネ等の割合)、経済(ジニ係数、経常収支、純貯蓄)、社会(小学校教師の割合、子ども死亡率、出生率)の各指標を集計したものに、1 人当たり炭化水素生産量に応じてペナルティ調整を行って算出される。
出所) Jamie McQuilkin( 2019)“Intergenerational Solidarity Index 2019”(Published in The Good Ancestor: How to Think Long Term in a Short-Term World by Roman Krznaric. Data available at github.com/pipari/ISI. Licensed under CC BY-NC-SA.)より作成。

 

フューチャー・デザイン:岩手県矢巾町の住民参加型水道事業ビジョン

「フューチャー・デザインのワークショップ参加者は、タイムマシンに乗り、二〇五〇年の未来に生きる「仮想未来人」になって、二〇五〇年がどういう社会になっているかを想像する。それが良い社会なら、そうなるためには、今どうすればよいのか。大変な困難や問題を抱える社会なら、そうならないために、今何をすればよいのかを考える。(西條氏)」

「フューチャー・デザイン:岩手県矢巾町の住民参加型水道事業ビジョン」NIRAわたしの構想No.58

注) 岩手県矢巾町は、フューチャーデザインの手法を活用して、町政に住民の意見を採り入れており、水道事業は2015 年よりたびたびワークショップを開催。上記は、まちづくりワークショップを含む、複数回、複数年の開催から得られた成果を概念的に示す。
出所) 西條辰義(2019)、小林慶一郎(2019)、高橋雅明(2020)、吉岡律司(2015)、庄司将晃(2019)各HP 公開資料を元に作成。

 

世界の老舗企業:国別の割合(2019 年)

「日本には、創業一〇〇年を超える老舗企業が約三万三〇〇〇社あり、世界全体の百年企業の四割を占める。(野村氏)」

「長寿の企業は、社会的な責任を自らのビジネスで実現するという意思が継続している。「儲かりさえすればよい」というエゴイズム(利己主義)に走らず、どれだけ社会に役立つか、という視点がある。(野村氏)」

「産業界は、人々の意識と社会を動かす重要な入口である。(松本氏)」

 

「世界の老舗企業:国別の割合(2019 年)」NIRAわたしの構想No.58

注) 世界の創業100 年以上の企業の総数は8 万0,066 社。
出所) 日経BP コンサルティング(2020)「世界の長寿企業ランキング、創業100 年、200 年の企業数で日本が1 位」より作成。

 

識者紹介

ローマン・クルツナリック 文化思想家

文化思想家。『Empathy』を始めとする著作は二〇カ国以上で出版されており、政治家や環境保護運動家、教育改革者、社会起業家、デザイナーなどに広く影響を及ぼしている。講演やワークショップも多数。シドニーと香港で育つ。オックスフォード大学、ロンドン大学、エセックス大学で学び、政治社会学で博士号を取得。世界初の共感博物館(Empathy Museum)の創設者。ロング・ナウ協会リサーチフェロー、ローマクラブのメンバーでもある。オブザーバー紙から、英国を代表する人気哲学者の一人に選ばれている。

松本紹圭 現代仏教僧

現代仏教僧。武蔵野大学客員准教授。ローマン・クルツナリック氏の著書『The Good Ancestor』の翻訳を手掛けた。東京大学哲学科卒。二○一〇年、ロータリー財団国際親善奨学生としてインド商科大学院(ISB)でMBA取得。二○一二年、住職向けのお寺経営塾「未来の住職塾」を開講し、一〇年間で七○○名以上の宗派や地域を越えた宗教者の卒業生を輩出。世界経済フォーラム(ダボス会議)ヤング・グローバル・リーダーズの一人。ポッドキャスト『テンプルモーニングラジオ』、note『松本紹圭の方丈庵』にて発信を行う。

西條辰義 高知工科大学フューチャー・デザイン研究所 所長

「フューチャー・デザイン」の提唱者。将来世代を考慮に入れた意思決定など、持続可能性に関わる研究の枠組みとして、自治体などの組織を対象にしたワークショップで実践を重ねている。ミネソタ大学大学院経済学研究科修了。大阪大学環境イノベーションデザインセンター教授、一橋大学経済研究所教授等を経て、現職。総合地球環境学研究所プログラムディレクター、東京財団政策研究所研究主幹を兼務。著書に『フューチャー・デザイン―七世代先を見据えた社会』(編著、勁草書房、二〇一五年)ほか。

小林慶一郎 慶應義塾大学経済学部 教授

日本の財政の持続性について、長年、警鐘を鳴らしてきた論客。専門は、マクロ経済学、経済思想。現在は、将来世代の利益を踏まえた意思決定や政策立案の意義や可能性を検証する研究も進めている。東京大学大学院工学系研究科修了後、通商産業省(当時)入省。経済産業研究所上席研究員、一橋大学経済研究所教授を経て、二〇一三年より現職。東京財団政策研究所研究主幹、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹を兼務。シカゴ大学経済学博士。最新著書は『ポストコロナの政策構想』(共著、日本経済新聞出版、二〇二一年)。

野村 進 拓殖大学国際学部 教授

ノンフィクションライター。一〇〇年以上の歴史を持つ老舗企業の長寿の鍵を解明しようと、長年数々の老舗企業を取材し、『千年、働いてきました―老舗企業大国ニッポン―』『千年企業の大逆転』を執筆。著書多数。在日コリアンの世界を描いた『コリアン世界の旅』で大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞受賞。『アジア 新しい物語』でアジア太平洋賞受賞。上智大学外国語学部英語学科中退。一九九七年日本ペンクラブ常任委員。都立大学、上智大学の非常勤講師を務め、二〇〇五年より拓殖大学国際学部教授。

 

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

ホームページ:http://www.nira.or.jp/