ドイツ社会都市の可能性
2019.4.9 10:00
雇用環境の悪化、移民や多国籍住民の問題、市街地の衰退など、現代の都市が抱える問題に対処するため、ドイツでは長く「社会都市」の実験を行ってきた。都市の再開発や環境都市の試みなど、多様な手法で都市の再生を図っている。「社会都市」プログラムとは何か。その試みと意義を知り、あわせて日本への示唆を得たい。
公益財団法人NIRA総合研究開発機構(代表理事会長 牛尾治朗)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。ドイツの社会都市の取り組みを参考に、日本の都市再生の可能性を探る。
企画に当たって
日本版「社会都市」プログラムの実現をー都市の実験に踏み出せー
宇野 重規 NIRA総合研究開発機構理事/東京大学社会科学研究所教授
日本では人口減少と高齢化が進むなか、山積する社会的課題に取り組むためにも、「地方消滅」「縮小社会」を乗り越える新たなビジョンの創出が不可欠と考える。
ドイツの地域を見て回っていると、印象的なのが地方都市の活力である。連邦制国家であるドイツにおいて、もともと各地域は多様である。雇用不安・コミュニティーの形骸化・衰退地域の環境悪化など、現代の都市が抱える問題について、連邦や州の政府と並んで市の役割が大きいことが注目に値する。
キーワードは「社会都市」である。
日本版の「社会都市」の理念と、その理念の下における多様な都市の「実験」こそが、いま求められているのではないだろうか。
識者に問う
ドイツの社会都市プログラムとは何か。日本への示唆は何か。
「施策統合型のアプローチで、持続可能な地域再生を」
室田 昌子 東京都市大学環境学部環境創生学科教授
ドイツの都市再生は、都市・住宅政策というハード面と、移民政策や教育・福祉政策などのソフト面を組み合わせて、統合的に実施していることが大きな特徴だ。こうした統合型アプローチは、日本にも参考になる。
「社会的弱者のエンパワーメントに資する”社会都市”プログラム」
山本 健兒 帝京大学経済学部地域経済学科教授
ドイツの社会都市プログラムの特徴は、住宅や物理的な住環境の改善だけでなく、住民のエンパワーメントに役立つ事業を進めることにある。各街区には「地区マネージャー」が配置され、行政と住民の間に立って街区活性化に尽力してきた。ドイツでは、都心近くであれ郊外であれ、社会的弱者のために、古くからカトリック系、プロテスタント系、労働組合系、その他の社会福祉団体が活動してきた。地区マネージャーの多くはNPOのメンバーであり、NPOの力があるからこそドイツ社会は機能している、と言えるのではなかろうか。
「”すべての住民”を対象とする社会都市プログラムの歴史的な背景」
馬場 哲 東京大学大学院経済学研究科教授
「社会的(sozial)」というドイツ語には、社会全体を見渡し、互いに助け合い、社会が分裂せず、統合を維持するというニュアンスがある。現在の社会都市プログラムも、一部の層の救貧にとどまらず、都市住民全体をカバーし、地区、都市全体をまとめるという発想が基本にある。それは、歴史的な「社会的」という理念を引き継いでいるといえよう。
「地区単位での取り組みが進む住宅政策」
大場 茂明 大阪市立大学大学院文学研究科教授
ドイツはもともと州ごとの格差が大きい。住宅は市場に任せるだけでは、社会階層、あるいは地区によって供給格差が生じてしまう。社会都市プログラムの一つの柱である住宅政策は、市場の需給調整機能を重視していることが特徴となっている。ドイツ特有の概念である「社会住宅」として、入居者の所得などに条件をつけた低利の公的融資を法人・個人を問わず提供し、大量の住宅を供給させた。
「補助的プログラムとしてのドイツの”社会都市”」
高松 平藏 ジャーナリスト
ドイツでは、都市全体における総合的要素の最適化を目指し、質を高めようという性質が強い。都市は「地縁・血縁」の前近代的な人間集団ではなく、「赤の他人」の密集空間であるため、他人同士が知り合う装置が必要だ。文化政策やNPO(に相当する組織)がこれを果たし、都市を「赤の他人」の集まりから「コミュニティー」要素のある空間に変えていく。これが社会都市の重要な要素の一つ、「市民参加」である。
データで見るドイツ社会都市の可能性
社会都市プログラムを実施した自治体の割合(人口規模別)
「ドイツは伝統的に分権国家で都市の独立性が強く、強力な都市行政を基礎に制度や政策が構築されている。(馬場先生)」
注1)社会都市プログラムは主に都市を対象としているが、一部都市以外の自治体でも実施されている(バイエルン州など)。
注2)「全自治体数」は、住民のいる自治体のみの数。
出所)Bundesministerium des Innen, für Bau und Heimat (2017) “Soziale Stadt 2017,” p. 2およびStatistisches Bundesamt (2018), “Gemeindeverzeichnis am 31. 12. 2017”
社会都市プログラムの連邦補助額の推移(1999~2017年)
「一九九〇年代に入ると、住宅及び住環境が劣悪で、かつ、「社会問題」を抱える街区を改善するための「社会都市」プログラムが、連邦・諸州・都市自治体の協力で本格的に進められた。(山本先生)」
注1)社会都市プログラムの総費用の1/3は、連邦予算で補助される。残りの2/3は、州・自治体の責任において手当される。
注2) 2011年から2013年の連邦補助額の減少は、連邦財政支出の大幅削減が断行されたことによる。その後、財政の急速な回復により2014年には方針が転換された。
出所) Bundesministerium des Innen, für Bau und Heimat “Verwaltungsvereinbarungen zur Städtebauförderung” 1999年から2017年の各年版。
社会都市プログラムの目的
「老朽化した住宅・市街地のリノベーションを行いながら、コミュニティー強化、就労促進、障がい者・高齢者や移民への支援、青少年教育などを連携させることで、持続可能な地域コミュニティーの再生や地域経済の活性化を図る。(室田先生)」
注)社会都市プログラム実施都市へのアンケート調査(2014年実施)。合計12の選択肢からの複数回答における上位8項目。他の選択肢として、社会的統合、環境保護、安全、公共交通機関がある。回答都市の総数は294。
出所)empirica (2016) “Begleitforschung der Städtebauförderung Bundestransferstelle Soziale Stadt — Auswertung der Beglaitinformationen zu den Maßnahmen des Bund-Länder-Programms Soziale Stadt 2014”、pp. 20~21。
社会都市プログラムの実施主体
「ドイツでは、都心近くであれ郊外であれ、社会的弱者のために、古くからカトリック系、プロテスタント系、労働組合系、その他の社会福祉団体が活動してきた。(山本先生)」
注)社会都市プログラム実施都市へのアンケート調査(2015年実施)。数値は、合計21の選択肢のなかから、プログラムの実施主体であると選択した都市の全体に占める割合を示す(複数回答可)。ここでは、回答割合の高かった上位10 実施主体の結果を示した。
他の選択肢として、社会的企業、警察、個人の住宅所有者、職業紹介所/ジョブセンター、民間企業、リフォーム会社、婦人会、企業連合、市民財団等、商工会議所・職人団体、大学がある。回答都市の総数は205。
出所)Bundesinstitut für Bau-, Stadt- und Raumforschung (BBSR)(2017)
『社会都市プログラム中間評価報告(Zwischenevaluierung des Städtebauförderungsprogramms Soziale Stadt)』p. 49、図表10。
識者紹介
室田 昌子 東京都市大学環境学部環境創生学科教授
都市・建築計画の研究分野において、持続可能型社会の実現に主眼を置く。コミュニティー形成に向け、実証的な研究を日本各地で展開。東京工業大学社会理工学研究科社会工学専門博士課程修了。武蔵工業大学准教授を経て、現職。国土交通省都市型コミュニティーのあり方と新たなまちづくり政策研究委員会など、多くの外部委員会に所属。受賞歴多数。
山本 健兒 帝京大学経済学部地域経済学科教授
社会経済地理学を専門とする。九州大学名誉教授。博士(理学)。経済地理学会前会長。ドイツでの実地調査に基づいた研究実績が高く評価されている。東京大学大学院理学系研究科地理学専門課程博士課程単位取得退学。ミュンヘン工科大学やハイデルベルク大学等で研究に従事。九州大学経済学研究院教授、同研究院長(学部長)などを経て、現職。フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト賞受賞。
馬場 哲 東京大学大学院経済学研究科教授
近代化・工業化以後のドイツの都市の諸問題を分析し、その経済学的、経済史的な意義の研究を進める。専門はドイツ近現代都市史、西洋経済史。東京大学大学院経済学研究科第二種博士課程単位修了。経済学博士。東京大学経済学部助教授、同大学院経済学研究科助教授を経て、一九九八年より現職。独ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学歴史学部客員研究員、英レスター大学都市史研究センター客員研究員も務めた。
大場 茂明 大阪市立大学大学院文学研究科教授
ルール地域やハンブルクを主たるフィールドとして、ドイツにおける都市政策、特に近代以降の土地・住宅政策、先進工業国における地域住宅市場の国際比較、都市開発事業や衰退地区更新事業の研究を進める。大阪市立大学大学院文学研究科後期博士課程(地理学専攻)単位取得退学。博士(文学)。大阪市立大学大学院文学研究科助教授を経て、現職。ドイツ・ボーフム大学客員教授も務めた。
高松 平藏 ジャーナリスト
エアランゲン市(独バイエルン州)在住。一九九〇年代後半より同市と行き来をはじめ、二〇〇二年から同市を拠点に。同地域の文化、環境、経済、スポーツなどを取材。日独の生活習慣や社会システムの比較をベースに、地方都市の発展をテーマに執筆。他方、一時帰国のたびに自治体や大学などで講演活動を行うほか、エアランゲン市でも、集中講義とエクスカーションを組み合わせた研修プログラムを行っている。
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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)
NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。
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