日本の食料安全保障、 国内と世界の2軸で挑む

ウクライナ侵攻が長期化し、世界の食料供給に影響が出ている。日本と世界が直面する食料供給の課題を考察する。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(理事長 谷口将紀)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。日本と世界が直面する食料供給の課題を考える。

 

企画に当たって

ウクライナ危機、食料安保を議論する契機に
― いま、議論すべき論点は何か

東 和浩  NIRA総合研究開発機構 理事/株式会社りそなホールディングス シニアアドバイザー

東 和浩  NIRA総合研究開発機構 理事/株式会社りそなホールディングス シニアアドバイザー

 ロシアによるウクライナへの侵攻が長期化し、 人々の 「食」への影響が懸念されている。
 今回のウクライナ危機を、日本と世界の食料安全保障のあり方を見直すきっかけとすべきだ。日本は食料の多くを世界各地から輸入している。いざ有事となった際に、国民の食料供給に支障は出ないのか、あらためて不安を抱いた人も多いのではないか。 一方で、世界に目を向ければ、途上国を中心に、自分の体重や活動を維持する最低限のカロリーすら、日常的に摂取できない人々がいる。飢餓は、いまだ撲滅できていない人類の課題の一つだ。日本の食料安全保障とともに、世界の人々の食料安全保障も重要なテーマであろう。

 識者の意見からは、食料安全保障は、国内の利益とグローバルの利益の両方のバランスを取りつつ、幾層にも対策を重ねていくことの重要性を痛感する。国内の観点からは、有事に備え、国内の生産基盤を強化すること、そして、いざという時に食料を海外から確保できるように、平時から自由貿易体制を維持し、国際社会との連携を深める。また、グローバルな視点からは、人々の命にもかかわる農産物を人類の「公共財」と定義し、世界の食料供給網を強化していく。日本の食料自給率を引き上げるべきだという意見も多々あるが、自給率を上げること自体を目的化するのは本質的ではない。国際的な協調を強化することを前提に、食料安全保障の政策目標があらためて問われるべきである。

(一部抜粋)

 

識者に問う

日本と世界の食料供給はどのような課題に直面しているのか。
食料安全保障のため、日本は何をすべきかか。

 

フードサプライチェーンの強靱化に向けて

久納寛子 農林水産省大臣官房政策課 食料安全保障室長(インタビュー当時)

久納寛子 農林水産省大臣官房政策課 食料安全保障室長

世界的な新型コロナの感染拡大で物流が混乱する中、ウクライナ侵略が起き、日本も穀物の国際価格上昇の影響を受けている。森林火災等の自然災害も食料供給のリスクとなる。食料の生産基盤を日本国内にもしっかり維持し、グローバルにもローカルにも複層的に供給網を生成していく必要がある。

 

 

食料安全保障のために、農地の維持に資する補助金を増やすべきだ

平澤明彦 株式会社農林中金総合研究所 執行役員基礎研究部長 理事研究員

平澤明彦 株式会社農林中金総合研究所 執行役員基礎研究部長 理事研究員

日本は食料を輸入に依存してきた結果、国内の生産基盤が非常に脆弱だ。食料安全保障の観点から「土地利用型の農業」を支える必要がある。食料の輸出大国同士の戦争は、戦後初の事態だ。自国の食料確保以外の理由で「第三国への食料提供を止めない」という規律に国際社会が合意し、明文化すべきだ。

 

 

海外需要も取り込み、コメの生産・消費を拡大する

藤尾益雄 株式会社神明ホールディングス 代表取締役社長

藤尾益雄 株式会社神明ホールディングス 代表取締役社長

この半世紀で日本の一人当たりのコメの消費量は大きく減少した。コメ業界は、もっと、コメの機能性・特性・おいしさを生かした商品を開発・提供し、消費を増やす努力が必要だ。また、当社グループでは、コメの商品開拓力と強い生産体制を有する産業の好循環が生まれるよう、農家支援にも力を入れている。

 

 

有事への備えは平時から。世界の食料情勢の改善は日本の食料安全保障確保にも

菊地信之 外務省経済局 資源安全保障室長

菊地信之 外務省経済局 資源安全保障室長

世界の食料事情を安定化させることは、国際社会における日本の責任であり、それが、多くを輸入に依存する日本の食料安全保障にも資する。真の安全保障に関わる自給率は、有事に国民が最低限飢えない自給生産能力。平時には「お金を出したら食料が買える状態」を安定的に維持することが重要だ。

 

 

 

 

これからの食料政策 ―「持続可能性」「主体性」の観点を

アキコ・スワ・アイゼンマン パリ経済学校(Paris School of Economics) 教授

アキコ・スワ・アイゼンマン パリ経済学校(Paris School of Economics) 教授

世界の食料供給網が主要な生産地と少数の海運会社に集中する脆弱さ、穀物が食料・飼料・燃料という三用途を巡って投機対象になっている構造的な問題が浮き彫りになった。世界の食料需給が変化する中で、農産物貿易はますます重要になる。肥料と種子を「国際的な公共財」とすべきだ。

 

 

 

「ウクライナ危機で、食料安全保障のどのような課題が明らかになったのか」NIRAわたしの構想No.61

 

データで見る コロナ禍で懸念される少子化の加速

日本国民の1 人1 日当たり供給カロリーを構成する品目と自給率

「日本は食料の多くを世界各地から輸入している。カロリーベースの食料自給率は約四割と、先進国でも最低の水準だ。(東氏)」

「この半世紀で一人当たりのコメの消費量は大きく減少した。(藤尾氏)」

「日本国民の1 人1 日当たり供給カロリーを構成する品目と自給率」NIRAわたしの構想No.61

注1) 全体の食料自給率を計算する上で、輸入飼料により国内生産された畜産物は国産に含めていない。
注2) 破線は品目別カロリー自給率の100%を図示したもの。
出所) 農林水産省資料より作成。

 

世界の輸出上位国(小麦、大麦、トウモロコシ)(2020 年)

「ロシアとウクライナという食料の輸出大国同士の戦争は、戦後、初めての事態だ。(平澤氏)」

「世界の食料供給網は、主要な生産地と輸送を担う少数の海運会社に集中している。(スワ・アイゼンマン氏)」

「世界の輸出上位国(小麦、大麦、トウモロコシ)(2020 年)」NIRAわたしの構想No.61

出所) FAOSTATより作成。

 

世界の食料価格指数の推移

「二〇二〇年以降、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大によって、グローバルな物流の混乱が顕著となっていた。また、北米の北部の高温乾燥により、二〇二一年以降、穀物等の国際価格が上昇する状況にあった。こうした中、ロシアによるウクライナ侵略が起こり、両国が小麦の主要な輸出国であったことも相まって、穀物等の国際価格はそれまで以上に高い水準に押し上げられた。(久納氏)」

「世界の食料価格指数の推移」NIRAわたしの構想No.61

注1) NIRA 算出。名目・実質とも、2000 年を100 としたときの食料価格指数の推移を示した。2022 年の値は1 月から6 月の平均値。
注2) 実質食料価格指数は、名目食料価格指数から物価の影響を排除したもの。
出所) 国連食糧農業機関(FAO)食料価格指数より作成。

 

世界の飢餓人口の割合

「コロナ禍で急増した飢餓人口が、このままでは、戦争という人為的な理由でさらに拡大してしまう。(平澤氏)」

「食料安全保障の国際社会の取り組みとしては、食料が不足している人にいかにして届けるかという食料へのアクセスが主題となる。持続可能な開発目標の「貧困をなくそう」と「飢餓をゼロに」の問題である。(菊地氏)」

「世界の飢餓人口の割合」NIRAわたしの構想No.61

出所) 国連食糧農業機関(FAO)“Percentage of undernourished people by region in 2000 and 2020”

 

識者紹介

久納寛子 農林水産省大臣官房政策課食料安全保障室長(インタビュー当時)

農林水産省入省後、水産庁において被災地の水産加工業復興支援に、産学連携室において農業・食品分野のオープンイノベーション推進、ムーンショット型農林水産研究開発事業の創設に携わる。二〇二〇年から食料安全保障室長として緊急事態食料安全保障指針の改正や早期注意段階の適用、食料供給を巡るリスク分析などに従事。農業・農村への理解や共感を深めるための国民運動「食から日本を考える。ニッポンフードシフト」を推進。二〇二二年六月から経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部参事官としてフランスに赴任中。米国ニューヨーク州弁護士。

平澤明彦 株式会社農林中金総合研究所 執行役員基礎研究部長 理事研究員

世界各国の食糧需給構造や、先進国の農業政策に精通。感染症の流行、ウクライナ危機など、国際情勢の激変を受け、日本の食料安全保障のあり方に警鐘を鳴らす。主な研究分野はEU・米国・スイスの農業政策、食料安全保障政策など。一九九二年、農林中金総合研究所に入社。二〇二一年より現職。農林水産省食料安全保障アドバイザリーボードのアドバイザーを兼務。著書に『日本農業年報66:新基本計画はコロナ時代を見据えているか』(共著、農林統計協会、二〇二一年)など。東京大学大学院博士(農学)。

藤尾益雄 株式会社神明ホールディングス 代表取締役社長

米穀卸売業を祖業とし創業一二〇周年を迎える、株式会社神明ホールディングスのトップ。一九八九年、大学卒業後、入社。同社常務取締役、専務取締役を経て、二〇〇七年より現職。基幹事業である米穀卸売業から外食産業、青果事業などへグループ拡大を進め、業界再編やグループシナジーの創出に取り組む。元気寿司株式会社、株式会社ショクブン、株式会社雪国まいたけなどのグループ企業の取締役を兼務。

菊地信之 外務省経済局資源安全保障室長

外務省入省後、中東アフリカ局、在サウジアラビア、イスラエル、エジプトの各日本大使館で勤務。国際情報統括官組織第一国際情報官室情報研究官を経て、二〇二〇年八月より現職。エネルギー、鉱物資源、食料の安定供給の確保等、資源安全保障に関する外交政策を担当する。アラビア語の通訳官を歴任。日本学術振興会が主催する中東研究会や、道銀地域総合研究所主催の「中東最新情報」特別講演会など、中東の専門家として講演を多く行っている。共訳著に『インテリジェンス―機密から政策へ』(慶應義塾大学出版会、二〇一一年)。

アキコ・スワ・アイゼンマン(Akiko Suwa-Eisenmann)パリ経済学校(Paris School of Economics)教授

貿易自由化が途上国や農産物貿易に与える影響、また、一九世紀から二〇世紀のフランスにおける富の分配に関する研究をしている。専門分野は、農業、国際貿易、開発経済。フランス国立農業・食料・環境研究所(INRAE)上級研究員。二〇二一年より国連世界食料安全保障委員会(CFS)の食料安全保障と栄養に関するハイレベル専門家パネル運営委員会の委員も務める。『World Development』や『European Review of Agricultural Economics』など、多くの学術雑誌に寄稿。フランスの高等師範学校、パリ政治学院、社会科学高等研究院を卒業。

 

記事全文

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

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