スタートアップを人生の 「普通の選択肢」にする社会へ
2023.4.10 14:00
昨年11 月、岸田政権は成長戦略の主軸となる「スタートアップ育成5 か年計画」を打ち出した。 日本経済の浮揚の契機となるのか。
企画に当たって
日本のスタートアップ育成、いま向き合うべき課題は
―多くの人が起業に挑戦し、健全に新陳代謝する国に
翁 百合 NIRA総合研究開発機構理事/日本総合研究所理事長
日本経済の潜在的成長率は長期的に低下しているが、グローバルにみれば、さまざまな分野で大変革が起こっている。イノベーションを主導しているのは、大企業もさることながら、スタートアップの企業群である。日本にとって重要なのは、多くの人が起業に挑戦し、スタートアップが育って健全な競争が促進されることである。これによってイノベーションが次々と生まれ、新陳代謝を伴いながら生産性が向上し、経済が活性化する必要がある。
政府の成長戦略でも、二〇二二年一一月に「スタートアップ育成五か年計画」が策定された。かねてから何度となくスタートアップ育成策は実行されてきたが、今回の五か年計画は、成長戦略の主軸と位置付けられたものである。ここで、さらなる検討を深めるべき課題は何か。
識者の多くは、日本のスタートアップの現状を、課題はまだ多くあるものの期待どおり気勢は盛り上がっていると見るが、解決できていない課題はやはり、人材の問題である。また、資金面での課題も依然として残っており、スタートアップ・エコシステムをいかに効果的に機能させるかも今後の課題となる。
(一部抜粋)
識者に問う
日本の現状と政府の取り組みをどう評価するか。
スタートアップを増やし、成長を促す鍵は何か。
「起業に挑戦しやすいエコシステム、大企業はM&A を」
松尾 豊 東京大学大学院工学系研究科教授
盛り上がりは期待通りだ。政府には、スタートアップを応援するメッセージを出し続けることを期待する。多くの人がスタートアップを良いものと感じ、自然と優秀な人材が集まる流れを醸成することが重要である。「スタートアップは人生のリスクを取ること」という社会の風潮を変えるような仕掛けが欲しい。
「人材の流動性を促進し、日本ならではのエコシステムを目指せ」
高宮慎一 グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー
日本の経済規模なら、より多くのユニコーン、時価総額1兆円以上の「デカコーン」が生まれてよい。政府の「スタートアップ育成5か年計画」は後押しとなるだろう。課題は人材の流動性だ。特区に限定した解雇規制の緩和など、日本に合った流動性を出す試みが必要だ。
「心理的な安全性を確保し、スタートアップへの参画が当たり前の環境を作る」
小田島伸至
ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォームStartup Acceleration部門 副部門長
Sony Startup Acceleration Program 責任者
依然として起業の難易度は高い。普通の人が当たり前に、スタートアップに挑戦できる。その仕組み作りを担えるのは政府しかない。助成金や失業保険、事前の起業体験等を充実させ、ベンチャー企業の「心理的な安全性」をシステマチックに担保することが重要だ。
「IPO 後の支援と、「目利き人材」活用によるVC の投資拡大」
福島弘明 株式会社ケイファーマ 代表取締役社長
スタートアップ育成の政策構想は10年以上を射程にすべきだ。IPO以降も、中長期的にサポートすることがユニコーンを生む土台となる。成長可能性がある企業に着実に政策資金が届くよう、VCに目利き人材活用を促すべきだ。アントレプレナーシップ教育を推進し起業マインドを向上させることも大切だ。
「進化を続けるスタートアップのエコシステムに機敏に対応する」
フローレンス・ネオ
アクション・コミュニティー・フォー・アントレプレナーシップ(ACE)最高経営責任者
ACEはシンガポールのスタートアップ支援機関。高等教育機関、投資家、既存企業と連携し、高度専門職や成人学習者に起業家精神を醸成。海外展開を含めたエコシステムの発展に貢献している。設立当初は貿易産業省下の組織だったが、現在は民間NPOとして、起業家と政府の橋渡しをしている。
5人の識者の意見
データで見る スタートアップを人生の「普通の選択肢」にする社会へ
日本のベンチャー企業の出口:社数の推移(2017-2021年)
「今の日本のスタートアップの出口戦略は、新規株式上場(IPO)に比べて、M&Aが少なすぎる。M&Aは、スタートアップにとって「小さな成功」だ。成功体験が増え、スタートアップの成功確率が上がれば、より多くの人々が挑戦しやすくなる。(松尾豊氏)」
注)「売却」はセカンドリーファンド、その他第三者への売却など事実上の処分を示す。
出所)一般社団法人ベンチャーエンタープライズセンター(2022)『ベンチャー白書2022』
日米のベンチャーキャピタルのステージ別投資状況(2021年)
「新規株式上場(IPO)後、さらに成長しなければユニコーンは生まれない。起業後期の成長投資に対応するベンチャーキャピタル(VC)は少なく、IPOをした途端に支援がなくなるのは問題だ。(福島弘明氏)」
注1)日米ともに、「レイター」ステージのデータは、「エクスパンション」ステージの数値を含む。
注2)投資額の対GDP 比は、2021 年の平均為替レート1 ドル109.75 円を使用して算出。
出所)一般社団法人ベンチャーエンタープライズセンター(2022)『ベンチャー白書2022』、World Bank, World Development
Indicators.(2023). Population total, GDP( current US$).(ともに2023年3 月23日アクセス)をもとにNIRA作成。
起業環境と起業に対するマインドの国際比較(2022年)
「依然として起業の難易度は高い。スタートアップへの挑戦を、リスクの高い特別な道ではなく、普通の人が当たり前に挑戦できる選択肢にしていく。それを担えるのは政府しかない。(小田島伸至氏)」
注)参加国2,000 人以上の成人(18 ~ 64 歳)を無作為抽出した、成人人口調査(APS)。2022 年は173,000 人が参加。「起業する
意志がある」は、「今後3 年以内に起業する予定があるか」という質問にYES と答えた人の割合。
出所)GEM(2022)Global Entrepreneurship Monitor 2022/2023 Adapting to a “New Normal”.
シンガポールのスタートアップ「ACE」
「ACEは起業家精神の伝道師といえる。スタートアップの耳、目、そして口となって、起業家の声を代弁し、政府と起業家の橋渡しをしている。(フローレンス・ネオ氏」
「高等教育機関や、専門職・管理職・経営者・技術者といった高度専門職、そして成人学習者に、起業家精神を醸成していくことは、経済の課題を解決するうえで重要だ。エコシステムはその役割を担っている。(フローレンス・ネオ氏)」
注)ACE はシンガポールのスタートアップエコシステムの発展とチャンピオン企業の育成に寄与する公益の民間機関。1,300 社以上のスタートアップ企業、2,000 人以上の会員を誇る。
出所)ACE 公式ホームページ、福岡市プレスリリース(2017)「シンガポールのスタートアップ支援機関ACE とのMOU を締結し、スタートアップのシンガポールへの展開を支援します!」(ともに2023 年3 月20 日アクセス)をもとにNIRA 作成。
識者紹介
松尾 豊 東京大学大学院工学系研究科教授
第一線の人工知能研究者であり、基礎研究から社会実装・インキュベーションまで幅広く手掛ける。同研究室から多くの起業家を輩出し、創業された企業は「松尾研発スタートアップ」として注目される。スタンフォード大学客員研究員、東京大学工学系研究科准教授等を経て、二〇一九年より現職。二〇一七年に日本ディープラーニング協会を設立し、理事長に就任。新しい資本主義実現会議有識者構成員。人工知能学会理事、情報処理学会理事なども歴任。専門は人工知能、ディープラーニング。東京大学工学部電子情報工学科卒業、同大学院博士課程修了。博士(工学)。
高宮慎一 グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー
同社は、アーリーステージから、起業家やベンチャー企業に資金のみならず、経営ノウハウ、人材面で総合的に支援する日本初の本格的ハンズオン型ベンチャーキャピタルとして、一九九六年に創業。同氏は、デジタルやヘルスケア領域を担当し、メルカリ、アイスタイル、ランサーズなど投資担当先の多数が高成長。Forbes JAPAN「日本で最も影響力のあるベンチャー投資家ランキング」二〇一八年に一位、二〇一五年に七位、二〇二〇年一〇位。戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルを経て、参画。東京大学経済学部、ハーバード大学MBA卒。
小田島伸至 ソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォームStartup Acceleration部門副部門長 Sony Startup Acceleration Program 責任者
ソニーグループ株式会社で、企業内外のスタートアップの創出と事業運営を支援するプログラム「Sony Startup Acceleration Program(SSAP)」の責任者を務める。ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)入社後、北欧へ赴任し三年でゼロから三〇〇億円の事業立ち上げを実現。帰国後、本社事業戦略部門を経て二〇一四年にSSAPを立案、国内外でゼロから二三の新規事業を創出。取締役として株式会社エニグモ、株式会社サプリムの事業経営にも携わる。二〇一六年経済産業省主催第二回日本ベンチャー大賞イントラプレナー賞受賞。東京大学工学部卒業。
福島弘明 株式会社ケイファーマ代表取締役社長
慶應義塾大学発の医療系ベンチャーであるケイファーマの代表取締役。ケイファーマはiPS細胞を用いた創薬事業と再生医療事業を行う。大学の研究成果を実用化し、医療分野での社会貢献を目指す。一九八八年にエーザイに入社。二〇年以上研究開発畑を歩む。この間、エーザイボストン研究所にも四年間駐在。その後、慶應義塾大学医学部非常勤講師、特任准教授を経て、二〇一六年に同大学医学部の岡野栄之教授、中村雅也教授と共にケイファーマを設立し、現職。広島大学大学院博士、慶應義塾大学大学院MBA。
フローレンス・ネオ アクション・コミュニティー・フォー・アントレプレナーシップ(ACE)最高経営責任者
シンガポールのスタートアップ支援機関ACEの最高経営責任者。ACEはスタートアップ、企業、高等教育機関、リスクキャピタル、公共セクターの五つの柱に焦点を当て、政府と連携しつつ、起業家精神や新たな成長機会の促進、スタートアップ育成を目指す。長年、起業家として高級ファッション界で活躍。高等教育やビジネスイベント(MICE)などの業界でも、ビジネスマネジメント、組織開発、マーケティング、コミュニティー形成に携わり、ビジネスコミュニティーと起業家精神の確立を提唱してきた。二〇二二年より現職。シンガポール国立大学卒業(MBA)。
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公益財団法人NIRA総合研究開発機構 TEL:03-5448-1710 FAX:03-5448-1744 E-mail:info@nira.or.jp |
■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)
NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。
ホームページ:http://www.nira.or.jp/
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