地球規模で協力して取り組まねばならない気候変動問題。 市民参加による新しい取り組み、気候市民会議の可能性を探る。

企画に当たって

日本でも広がる気候市民会議
―代議制民主主義を進化させる可能性

宇野重規 NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学社会科学研究所 教授

宇野重規 NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学社会科学研究所 教授

 二〇一五年にパリ協定が結ばれ、脱炭素社会の実現に向けて世界的な取り組みが進んだが、特にヨーロッパでは二〇一九年から二〇年にかけて、フランスやイギリスにおいて気候市民会議が開催された。気候市民会議には、政治家や専門家、民間NPOなど、これまで気候変動問題対策において中心的な役割を果たしてきたアクターに加え、市民が議論に参加する。
 フランスで、二〇一八年秋の燃料税引き上げへの反発、「黄色のベスト」運動を受けてマクロン大統領の下、気候市民会議が開催されたように、現状の民主主義に対する異議申し立ての側面を持ち、さらにはこれまでの選挙中心の代議制民主主義をバージョンアップする可能性を秘めている。
 日本でも「気候市民会議さっぽろ二〇二〇」を皮切りに、年々開催数が増加している。本特集では、日本における気候市民会議の現状と課題を考える。

 (一部抜粋)

 

識者に問う

気候市民会議の意義は何か。
日本で実効性ある取り組みにするには、何が必要か。

 

市民を巻き込んだ議論で社会全体に大きな変化を

三上直之 名古屋大学大学院環境学研究科教授

三上直之 名古屋大学大学院環境学研究科教授

CO2ネットゼロ目標の達成に向け、ミニ・パブリックス(無作為選出型の市民会議)の手法を用いた気候市民会議が、日本でも開催され始めている。関心の薄い層を含む一般の人々を巻き込んで、取るべき対策を幅広い視点から編み出し、政策決定に影響を与え、社会全体の変化を促すことが期待されている。

 

 

国の政策にも、市民の熟議による市民参加を

江守正多 東京大学未来ビジョン研究センター教授

江守正多 東京大学未来ビジョン研究センター教授

気候変動対策でまず必要なのは、社会のルールや仕組みをスピード感をもって変えていくことだ。気候市民会議は、くじ引きに当たらなかった市民も「自分も選ばれて議論した可能性がある」と考えることで、議論の結果に一定の納得感をもたらし、参加していない人びとからも、提言への支持を高めやすくなる。

 

 

気候変動問題、熟議を経て「自分ごと」として捉え直す

岩崎 茜 東京大学大学院農学生命科学研究科 助教

岩崎 茜 東京大学大学院農学生命科学研究科 助教

多くの市民は、自分がやれる範囲でエコな生活をするのに異論はないが、「自分が社会を変えるためにアクションする」とは考えていない。そうした市民も、気候市民会議で対策への前向きな視点を共有しながら、熟議のプロセスを重ねるうちに、少しずつ問題を「自分ごと」と捉えるようになる。

 

 

気候市民会議を突破口に、社会システムの根っこを問い直す

平田仁子 Climate Integrate代表理事

平田仁子 Climate Integrate代表理事

気候変動問題は社会・経済・産業の構造に複雑に関係し、人類史を塗り替えるほどの社会課題だ。気候市民会議は、①大きな社会課題にも市民一人ひとりが当事者意識を持つ手段になり、②市民参加型の協働で、既存の縦割りの意思決定の構造を変え、③達成したい未来との溝を埋める意義がある。

 

 

 

 

熟議で「分厚い市民社会」、自治体は先導を

五十嵐立青 つくば市長

五十嵐立青 つくば市長

今回初めて気候市民会議を経験したが、非常に効果的な仕組みだ。市民の熟議を経た提言は、行政主体の計画書とは異なる重みを持ち、市民に行動変容を促す強い根拠となる。事前に多くの準備や調整が必要だが、それも「分厚い市民社会」をつくるための、いわば「民主主義に対するコスト」だと考える。

 

 

 5人の識者の意見

NIRAわたしの構想No.70気候市民会議は社会を動かせるか

 

データで見る 気候市民会議は社会を動かせるか

気候市民会議の進め方(例)

「ミニ・パブリックス(無作為選出型の市民会議)の手法を用いた気候市民会議が広く行われるようになっている。…国内では今のところ、月に1回、半日くらいの時間をとって計五回ほど会議が重ねられるケースが多い。(三上直之氏)」

「今回初めて気候市民会議を経験したが、非常に効果的な仕組みだと考えている。(五十嵐立青氏)」

「気候市民会議の進め方(例)」NIRAわたしの構想No.70

出所) 三上直之(2022)『気候民主主義―次世代の政治の動かし方』岩波書店、つくば市「気候市民会議つくば」(Web)などを参考にNIRA 作成。

 

各国の無作為選出された市民による熟議の実施数(2000 年~ 2023 年)

「日本では、自治体が主導する気候市民会議が増えてはいるが、国の政策ついての一般の人々の会議の設置は進んでいない。日本での唯一の例外は、2012年に行われた、東日本大震災・原発事故後のエネルギーミックスについての議論だが、特殊な事例として認識されている。(江守正多氏)」

「各国の無作為選出された市民による熟議の実施数(2000 年~ 2023 年)」NIRAわたしの構想No.70

注1)気候変動以外のテーマも含む。
注2)実施主体の「国」には「連邦政府」が含まれる。「地方自治体」には「地域」「州」が含まれる。
出所)OECD Deliberative Democracy Database( 2023)

 

熟議による意見・態度の変化:「藤沢のこれから、1 日討論」

「熟議による意見・態度の変化:「藤沢のこれから、1 日討論」」NIRAわたしの構想No.70

注1)藤沢市の現状と将来像に関する討論型世論調査(1 回目)。1 日討論は、2010 年1 月30 日実施。
①事前調査は、3,000 サンプル郵送で、1,217 人回答。この回答者に「1 日討論」への参加募集が行われた。
②「 1 日討論」後調査は、資料提供・小集団での討論・専門家への質疑・全体討論を経た後の調査。「1 日討論」当日の参加者は、258 人。
注2)グラフ内の回答の他に、「中間・どちらともいえない」「わからない」「不明」がある。
出所) 曽根泰教(2011)「「態度変化」がある討論型世論調査―神奈川県藤沢市からの報告」『Journalism』2011. 1、慶應義塾大学DP 研究会(2010)『「市民1000 人調査、200 人討論」調査報告書』をもとに、NIRA 作成。

 

各国市民の気候変動問題に対する意識

「日本の市民も気候変動問題への関心は高くなってきているが、ヨーロッパとの違いも目立つ。(江守正多氏)」

「各国市民の気候変動問題に対する意識」NIRAわたしの構想No.70

注) 国連開発計画(UNDP)、オックスフォード大学および複数のNGO による「the Mission 1.5」キャンペーンの一環で、50 カ国で実施された世論調査の結果。調査期間は2020 年10 月7 日~ 12 月4 日。サンプル数122 万人。質問票はモバイルゲームアプリの広告を通じて配信された。データは加重平均処理された。
出所)UNDP and University of Oxford( 2021)”Peoples’ Climate Vote: Results”

 

識者紹介

三上直之 名古屋大学大学院環境学研究科教授

環境社会学、科学技術社会論を専門とする。ミニ・パブリックスの手法を中心に、環境政策や科学技術への市民参加を実践的に研究してきた。二〇二〇年に、代表を務める研究プロジェクトの一環として、日本で最初の気候市民会議を札幌で開催。以後、国内の他地域での気候市民会議にも助言者として関わる。北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット(CoSTEP)特任准教授、同大学高等教育推進機構准教授等を経て、二〇二三年一〇月より現職。気候市民会議に関する著書に『気候民主主義―次世代の政治の動かし方』(二〇二二年、岩波書店)。博士(環境学)。

江守正多 東京大学未来ビジョン研究センター教授

気候科学を専門とし、地球温暖化の将来予測とリスク論を研究している。気候変動に関する政府間パネル第五次、第六次評価報告書主執筆者。気候市民会議では国内数々の自治体で専門家として関わる。一九九七年より国立環境研究所に勤務。気候変動リスク評価研究室長等を経て、二〇二二年より上級主席研究員。同年より東京大学未来ビジョン研究センター教授(国立環境研究所とのクロスアポイントメント)。博士(学術)。著書多数。二〇二三年雑誌『世界』で「気候再生のために」を隔月連載するなど、地球温暖化について市民の理解を促進する活動を意欲的に行っている。

岩崎 茜 東京大学大学院農学生命科学研究科 助教

環境哲学・倫理学を専門とし、特に、研究と社会とをつなぐ媒介者となって、環境に関わるさまざまな双方向対話の実践に取り組んでいる。気候市民会議では、国内数々の自治体のファシリテーターを担当している。日本科学未来館で専門家と一般の人々との橋渡しをする科学コミュニケーターとして多くの経験を積む。国立環境研究所社会対話・協働推進オフィスを経て、二〇二二年、東京大学大学院農学生命科学研究科One Earth Guardians 育成機構特任助教、二〇二三年より、現職。博士(社会学)。

平田仁子 Climate Integrate代表理事

独立系の気候政策シンクタンクClimate Integrate の代表理事。アメリカの環境団体の経験を経て、一九九八年から二〇二一年までNPO法人気候ネットワークで国際交渉や国内外の気候変動・エネルギー政策に関する研究・分析・提言および情報発信などを行ってきた。二〇二二年に、Climate Integrate を設立。国内外のパートナーと連携し、各ステークホルダーの脱炭素への動きを支援する。著書に『気候変動と政治』(二〇二一年、成文堂)ほか。石炭火力発電所の建設計画中止への取り組みで、二〇二一年ゴールドマン環境賞を受賞。博士(社会科学)。

五十嵐立青 つくば市長

茨城県つくば市長。つくば市議(二期)を経て、二〇一六年より現職。現在、二期目。筑波大学国際総合学類卒業、ロンドン大学UCL公共政策研究所修士課程修了後、筑波大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(国際政治経済学)。二〇二二年、脱炭素社会実現を目指す「つくば市ゼロカーボンシティ宣言」を表明。二〇二三年に無作為抽選型の市民会議「気候市民会議つくば」の開催を実現。政治家の優れた取り組みを表彰するマニフェスト大賞で、優秀マニフェスト推進賞を受賞。経済協力開発機構によるOECDチャンピオンメイヤーにも選出。

記事全文

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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