財政の長期推計、 適切な財政運営のために

人口の減少・高齢化が進む中、わが国の財政の長期的な見通しを共有する必要があるのではないか。 長期財政推計の必要性や論点を議論する。

企画に当たって

財政の長期推計、適切な財政運営のために
―将来世代に希望ある社会・経済を手渡す

翁 百合 NIRA総合研究開発機構 理事/日本総合研究所 理事長

 二〇二四年一月、人口戦略会議が公表した「人口ビジョン2100」は、少子化・人口減少の加速を、人びと・社会のいずれにとっても、その選択の幅を狭める危機であると捉え、戦略を提言している。

 重要なのは、高齢化・人口減少の中を生きる子どもたちの世代の生活に思いを致し、彼らが安心して生活を送れるよう、現在世代の責任として、潜在成長率を引き上げ、社会的リターンの高い歳出を行う賢い財政運営を実現することであろう。その前提として、高齢化・人口減少が加速する子どもたちの世代の経済や財政の姿を国民で共有し、さまざまな政策を考える必要があるのではないか。そうした問題意識に立ち、本号は専門家の方々に長期財政推計について見解を問い、またそれを持続可能な財政、社会保障に生かすためにはどのような工夫が必要かについて伺った。

 折しも、内閣府が二〇六〇年までの長期財政推計を本年四月初めに公表した。このことは長期視点に立った政策議論を前進させる一歩と評価したい。
 今後問われるのは、こうした前提や予測結果の妥当性について、継続的に検証機能を持たせることや、この経済見通しを財政の持続性確保のためにどのように活用し、財政運営を適切に管理するかであろう。少子高齢化・人口減少が進む中、子どもたちの世代に希望ある社会・経済を手渡していくには、どのように日本ならではの仕組み、ガバナンスを工夫すべきか。
 海外のさまざまな事例も参考にしつつ、今後の活発な議論に期待したい。

 (一部抜粋)

 

識者に問う

日本には長期財政推計が必要か。
それを財政の持続性確保に生かすにはどのような工夫が必要か。

 

長期財政推計で将来像を可視化し、まずは中期フレームで予算管理を

大田弘子 政策研究大学院大学学長

大田弘子 政策研究大学院大学学長

30年後には人口の4分の1が後期高齢者になる。長期推計で財政の将来像を可視化し、状況を国民と共有すべきだ。推計は当初はどの組織が行ってもよいが、いずれは独立財政機関の設立が必要だ。日本には中長期で財政を運営・管理する仕組みもない。まずは中期フレームで予算管理に着手すべきだ。

 

 

推計の精度を上げ、正しい財政情報を国民に提供する

小黒一正 法政大学経済学部教授

小黒一正 法政大学経済学部教授

現在の内閣府「中長期試算」の射程は10年だが、30年先までの長期財政推計を定期的に出し、債務残高の長期的な推移を読み取る必要がある。また、推計の前提となる経済成長率が高いと的確な推計を得られない。政府部内よりも、政治との距離を確保した中立的機関が客観的に推計を行うのが望ましいだろう。

 

 

超党派議連で独立財政推計機関の設置を目指す

古川禎久 衆議院議員

古川禎久 衆議院議員

国会は政府の財政運営を十分に監督できていると言いがたい。超党派の議員連盟を発足させ、独立財政推計機関の設置を働きかけている。機関が財政に関する正確な現状と見通しを提示し、政府の財政運営を国民がチェックできるようにする。機関を権威のある位置づけにし、その発言に重みを持たせることも重要だ。

 

 

独立財政機関の役割は「中長期予測」と「財政計画のモニタリング」

上田健介 上智大学法学部・大学院法学研究科教授

上田健介 上智大学法学部・大学院法学研究科教授

日本も独立財政機関の設立が望ましい。その役割は「中長期の経済・財政予測」と「財政計画のモニタリングと検証」だ。経済財政予測に基づき、政府が中期財政計画を立てて各年度の予算に反映させ、その計画が守られているかを独立財政機関がチェックする。英国の予算責任局(OBR)の例は参考になるだろう。

 

 

 

 

将来を意識した予算編成―独立した超党派の財政予測を提供する米国議会予算局

フィリップ・ジョイス
メリーランド大学公共政策大学院教授

フィリップ・ジョイス メリーランド大学公共政策大学院教授

米国では、議会予算局(CBO)が連邦予算に対する将来の需要の推計を担っている。人口動態の変化を適切に考察するため、30年先まで予測する。1974年に超党派の機関として議会内に設立された。議会への「勧告」は行わず、中立的情報の提供に徹することで、党派性を排除している。

 

 

 5人の識者の意見

NIRAわたしの構想No.71

 

データで見る 財政の長期推計、適切な財政運営のために

各国債務残高対 GDP 比の推移(1980年~2022 年)

「日本の財政は、先進諸国と比べて突出して悪いにもかかわらず、財政規律がない政治運営が平時においても常態化している。(古川禎久氏)」

NIRAわたしの構想No.71

注)一般政府ベース
出所)IMF Global Debt Database( Sept 2023)

 

日米の人口構造(2022 年)

「二〇二五年に団塊世代の全てが後期高齢期に入るが、これは長い難局の入り口にすぎない。ピークは三〇年後で、その時には人口の四分の一が後期高齢者となる。いまは超高齢社会の胸突き八丁にいる。(大田弘子氏)」

「人口の大きな山をつくるベビーブーマー世代が年金や医療を受給する世代へと移行するにつれ、連邦予算に莫大な圧力がかかり、長期予測の必要性が浮き彫りとなった。(フィリップ・ジョイス氏)」

NIRAわたしの構想No.71

注)2022 年推計値
出所) 総務省「人口推計」2022. 10、U.S. Census Bureau Annual Estimates of the Resident Population by Single Year of Age
and Sex for the United States: April 1, 2020 to July 1, 2022( NC-EST2022-SYASEXN

 

日本の財政健全化目標の変遷

「現在、存在するのは、二〇二五年までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化するという目標だけだ。(大田弘子氏)」

「政府はこれまで、プライマリーバランスの二〇二五年度の黒字化を目標に掲げ、財政健全化に努めてきた。この努力には一定の成果が見られるが、改革議論の土台となる推計の精度を上げる取り組みは発展途上だ。(小黒一正氏)」

NIRAわたしの構想No.71

注1) *は閣議決定。骨太の方針は正式名称「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」「経済財政改革の基本方針」「経済財政運営と改革の基本方針」
注2) PB は、プライマリーバランス(基礎的財政収支)
出所)財務省「日本の財政関係資料」2023. 4

 

海外の独立財政機関が担っている役割

「英国では…独立性の高い予算責任局(OBR)が経済見通しを作成し、それを基礎に政府は五年間の財政公約、目標を具体的に数値で提示する。一方、OBRは、政府が公約した目標の達成程度に関する評価を行う。(上田健介氏)」

「米国で連邦予算に対する将来の需要の推計を担っているのが、「議会予算局(CBO)」だ。CBOが提供するのは、長期予測、法案の費用見積もり、予算分析である。(フィリップ・ジョイス氏)」

NIRAわたしの構想No.71

注)財政委員会は政府部門の組織、議会予算局は国会の下の組織
出所)OECD Independent Fiscal Institutions Database( 2021)

 

識者紹介

大田弘子 政策研究大学院大学学長

専門分野は経済政策・財政政策。政策研究大学院大学教授だった二〇〇二年、内閣府に出向し、経済財政分析担当の参事官、大臣官房審議官、政策統括官として、経済財政政策を担当。二〇〇六年より二年間、安倍・福田両内閣で経済財政政策担当大臣を務める。民間の視点や発想から政策運営を主導し、改革を進める。その後、政策研究大学院大学に戻り、同大学副学長、特別教授を経て、二〇二二年九月より、現職。内閣府規制改革推進会議議長、政府税制調査会(内閣府)委員など、公職を歴任。『改革逆走』(日本経済新聞出版社、二〇一〇年)など、著書多数。

小黒一正 法政大学経済学部教授

専門分野は公共経済学。人口動態と財政・社会保障や、世代間公平性を巡る問題が主な研究領域。柔軟な発想に基づく多くの提言を幅広い分野で発信している。大蔵省(現財務省)入省後、大臣官房文書課法令審査官補、関税局監視課総括補佐、財務総合政策研究所主任研究官等を歴任。一橋大学准教授等を経て、二〇一五年より現職。会計検査院特別調査職、財務省財政制度等審議会「財政制度分科会」委員など、政府委員も多く務める。著書に『人口動態変化と財政・社会保障の制度設計』(日本評論社、二〇二一年)他。博士(経済学)(一橋大学)。

古川禎久 衆議院議員

財政や司法など幅広い政策に精通し、法務大臣、財務副大臣、衆議院財務金融委員長、法務大臣政務官等を歴任。東京大学法学部卒。建設省(現 国土交通省)入省後、衆議院議員政策担当秘書等を経て、二〇〇三年に初当選。現在、七期。二〇二一年に与野党の有志議員で発足した「独立財政推計機関を考える超党派議員の会」では事務局長を務め、政府から独立して財政状況を推計する機関の設立を目指し活動している。また、自民党では現在、財政健全化推進本部本部長を務めている。

上田健介 上智大学法学部・大学院法学研究科教授

専門は比較憲法。首相・内閣の権限とその統制を中心テーマとして、イギリス法との比較を中心とする比較法史的研究を行う。財政制度にも関心をもち、イギリスの財政規律の事例を中心に、財政統制の意義と課題、支出統制のあり方について考察を深めている。奈良産業大学法学部(当時)専任講師、近畿大学法学部専任講師、准教授、同法科大学院教授、グラスゴー大学客員研究員等を経て、現職。著書『首相権限と憲法』(成文堂、二〇一三年)は、比較憲法学会田上穣治賞。論文多数。博士(法学)(京都大学)。

フィリップ・ジョイス メリーランド大学公共政策大学院教授

専門は公共予算。米国の議会予算局(CBO)の成り立ちやその役割に精通。著書The Congressional Budget Office:Honest Numbers, Power, and Policymaking(Georgetown University Press, 2011 年)では、米国の予算政策でCBOが果たす役割とともに、超党派的で信頼性の高い機関として形成されてきた歴史が論じられている。ほか著書二冊。また、公共予算に焦点を当てた五〇以上の出版物がある。全米行政アカデミー・フェロー。二〇一二年に、公共予算・財政の生涯研究に対してアーロン・ウィルダフスキー賞を受賞。

記事全文

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NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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