あれから50年、 いまに続く 意義と課題
2024.6.10 15:00
NIRA 総研は今年、50 周年を迎えた。 設立当時の主な出来事を振り返り、それが現在を生きるわれわれに持つ意味を考察する。
企画に当たって
あれから五〇年、いまに続く意義と課題
―新たな転機に立つ日本と世界
谷口将紀 NIRA総合研究開発機構 理事長/東京大学公共政策大学院 教授
公益財団法人NIRA総合研究開発機構の前身、総合研究開発機構は一九七四年(昭和四九年)三月二五日に設立され、認可法人から財団法人、公益財団法人へと組織変更を経て、このたび五〇周年を迎えた。今回のNIRA『わたしの構想』は「あれから五〇年」をテーマに、金権政治の問題による田中角栄の退陣、狂乱物価やニクソン・ショック、佐藤栄作ノーベル平和賞受賞、長嶋茂雄引退など、当機構設立当時の国内外の政治・経済・社会的な出来事を振り返りつつ、それが現在のわれわれに持つ意味を、五人の識者に考察いただいた。
戦後の日本を時期区分すると、終戦・復興の第一期、高度経済成長の第二期、先進国の一角を占めるに至った第三期に分けられるだろう。この中、NIRAは第三期をひらく転機にあって現代社会や国民生活の諸問題を解明するために作られた。現在の日本は、少子高齢化と人口減少、社会保障や財政さらには地域社会の持続可能性が問われる第四期のとば口に立っている。国際社会もアメリカの覇権はさらに揺らぎ、米中対立が激しさを増している。欧米先進国でもポピュリストの台頭が、デモクラシーの不安定要因として影を落とす。これらの難題に直面する日本の政治は、政治資金問題などによる動揺が続いており、課題解決可能な熟議と決定の仕組みを確立しているとは言いがたい。イチローや大谷を頂点に、世界で活躍する日本人が各分野で増えたことがわずかな救いであろうか。
このような日本と世界の転換点にあって、われわれ公益財団法人NIRA総合研究開発機構は、客観的なデータに基づいて、第一線で活躍する研究者と実業家とのネットワークを生かし、産官学が連携した政策論議のフォーラムを提供し、政策形成に貢献する存在でありたい。「あれから五〇年」の間に皆さまから頂戴したご支援に心から御礼申し上げると共に、「これから五〇年」も一層のご協力をお願いいたします。
(一部抜粋)
識者に問う
あれから五〇年、一九七四年にどのような出来事があったのか。
現在のわれわれに持つ意味は何か。
「田中時代は、現在の日本政治の「原風景」」
吉田慎一 株式会社テレビ朝日 取締役・相談役
田中角栄首相が金脈事件で退陣して以来、戦後デモクラシーが抱え込んだ難題は、今も解を見いだせていない。ばらまきと集票のバーターは田中時代に結晶化した。昨今の裏金騒ぎは「政治とカネ」問題の最新バージョンにすぎない。権力とジャーナリズムの近すぎる「距離」の問題も解はまだない。
「スタグフレーション、日本型労使関係と産業構造の転換で対応」
岡崎哲二 明治学院大学経済学部 教授
1974年は、石油危機を背景に、戦後の高成長から一転したマイナス成長と激しいインフレが起きた。スタグフレーションという深刻な状況だったが、日本はインフレの賃金への波及抑制に成功。また、産業構造の転換や省エネ技術の開発が奏功し、経済大国としての地位を築いていくことになる。
「佐藤政権が確立した非核三原則、安保政策として議論の深化を」
村井良太 駒澤大学法学部 教授
佐藤栄作前首相が非核三原則等の功績でノーベル平和賞を受賞した同年、ラロック米元海軍少将の「核兵器を積んだ艦船は、日本寄港時も外すことはない」という証言は、戦後日本の核・安全保障政策の間隙を露呈した出来事だ。米国の核の傘で安全を図りながら、同時に「持ち込ませず」の選択は、齟齬があった。
「ニクソン辞任は、政府への信頼崩壊のクライマックス」
西崎文子 東京大学 名誉教授
ニクソン米大統領の任期途中での辞任は、ウオーターゲート事件などで政権への不信が積み重なり、信頼が崩壊したクライマックスだ。スキャンダルの強烈さの裏で、ドルショック、米ソ接近・米中接近など次世代を見据えた大胆な政策転換も行った一方、デタントは米国内のリベラルと保守の分裂を増長した。
「長嶋茂雄引退―ヒーローに自分を重ね一喜一憂した昭和の風景」
テリー伊藤 演出家
長嶋茂雄というスーパースターの引退は、日本人すべてが野球にのめり込み、長嶋に一喜一憂した時代の終わりであり、同時に、等身大の幸せを模索する時代の始まりであった。今の日本は豊かになり、価値観が多様化した一方、ハチャメチャなことは許されない。長嶋茂雄はもう戻ることはない昭和の風景の象徴だ。
5人の識者の意見
データで見る あれから50年、いまに続く意義と課題
日本:日米の安全保障政策関連年表
「一九七四年、佐藤栄作前首相(当時)がノーベル平和賞を受賞した。受賞の理由は、…佐藤政権期に宣言した非核三原則と核不拡散条約の調印…だ。この非核三原則は、日米安全保障条約が固定期限を迎える一九七〇年と沖縄返還に向けた議論の中で確立された。(村井良太氏)」
「一九六〇年の安保条約改定交渉では、核を日本に陸揚げする場合は事前協議が必要とされたが、海上での通過については明確にしていなかった。…「ラロック証言」は、まさに、戦後日本の核・安全保障政策の間隙を露呈した象徴的な出来事と言える。(村井良太氏)」
出所)境家史郎『戦後日本政治史―占領期から「ネオ55 年体制」まで』(中公新書、2023 年)、村井良太『佐藤栄作―戦後日本の政治指導者』(中公新書、2019 年)を参考にNIRA 作成
米国:ニクソン米大統領辞任関連年表
「一九七四年、アメリカのニクソン大統領が任期途中で辞任に追い込まれた。ニクソン辞任は政権への不信が徐々に積み重なり、信頼が崩壊したクライマックスと位置付けられる。(西崎文子氏)」
「ニクソン政権はスキャンダルの強烈さに目を奪われがちだが、その裏で、次世代を見据えた大胆な政策転換を行ったことも忘れてはならない。(西崎文子氏)」
出所)Presidents of the United States (POTUS) “Richard Nixon”, The White House “Richard M. Nixon”,時事ドットコム「アメリカ大統領の系譜」等を参考にNIRA 作成
マネーサプライと物価指数の推移(前年比)
「七二年に成立した田中角栄内閣は…、日銀に圧力をかけて大規模な金融緩和を続けさせていた。(岡崎哲二氏)」
「日銀は、当時の金融緩和が狂乱物価を招いた一因になったとの反省から、金融政策の方針を再検討した。従前の物価指数重視から、マネーサプライの量も注視する政策運営に切り替えた。(岡崎哲二氏氏)」
注) 外国銀行在日支店、外銀信託および信金中央金庫は含まれない。M1 は、現金通貨と預金通貨から構成。物価指数は、全国卸売物価指数(総合)を採用
出所)日本銀行時系列統計データ検索サイト
あれから50 年:1974 年と現在の日本
「地方から東京に出てきた若者は、安い家賃の四畳半一間で生活しながら、自分なりの幸せを模索した。…若者が自分の生活の出来事を歌うフォークソングが確立したのもこの頃だ。(テリー伊藤氏)」
「確かに、今の日本は長嶋が活躍した時代に比べると豊かになった。どの家にも風呂があって銭湯に行く必要はない。(テリー伊藤氏)」
注1)50 年前は1973 年、現在は2018 年を採用
注2)浴室保有率の50 年前は1973 年、現在は2008 年。銭湯数の50 年前は1975 年、現在は2021 年。料金の50 年前は1974 年、現在は2023 年を採用
注3)主要耐久消費財の普及率の推移(2 人以上の世帯)。50 年前は1974 年、現在は2024 年を採用
注4)2023 年度流行語大賞
出所)総務省統計局「住宅・土地統計調査」、東京都浴場組合「東京都内の銭湯の数の推移」、内閣府「消費動向調査」
識者紹介
吉田慎一 株式会社テレビ朝日取締役・相談役
ジャーナリスト。田中角栄が退陣した一九七四年に朝日新聞に入社し、福島支局に配属。「福島版ロッキード事件」と呼ばれる汚職事件を取材連載した記事「木村王国の崩壊」は日本新聞協会賞を受賞。著書『ドキュメント 自治体汚職-福島・木村王国の崩壊』に結実した。その後、政治部に異動し、一九八二年から約二年間、自民党田中派を担当。その成果として『田中支配とその崩壊』(朝日新聞社、一九八七年)を社として上梓した。朝日新聞編集委員、東京本社編集局長、常務取締役編集担当、テレビ朝日HD社長などを経て、現職。東京大学法学部卒。
岡崎哲二 明治学院大学経済学部教授
専門は日本経済史、比較経済史。日本の経済発展と市場・制度・組織の関係を幅広く研究。経済学の枠組みと歴史的資料を組み合わせた分析の斬新さで知られる。長年、東京大学経済学部・同大学院経済学研究科教授として教鞭をとり、二〇二四年四月より現職。International Economic History Association (IEHA)会長、名誉会長を歴任。キャノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所ファカルティフェロー等も兼務。『コア・テキスト経済史』(増補版、新世社、二〇一六年)、『経済史から考える』(日本経済新聞出版社、二〇一七年)ほか、著書多数。経済学博士(東京大学)。
村井良太 駒澤大学法学部教授
専門は日本政治外交史。佐藤栄作の評伝である『佐藤栄作―戦後日本の政治指導者』(中公新書、二〇一九年)では、佐藤の軌跡を追いつつ、核兵器を保有せず大国の地位を獲得した戦後日本を描いた。『政党内閣制の成立―一九一八~二七年』(有斐閣、二〇〇五年)はサントリー学芸賞受賞。日本学術振興会特別研究員(PD)、駒澤大学法学部准教授などを経て、二〇一三年より現職。その間、ハーバード大学ライシャワー日本研究所客員研究員、ペンシルバニア大学歴史学科客員研究員を務めた。神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(政治学)。
西崎文子 東京大学名誉教授
専門はアメリカ政治外交史、アメリカ地域文化研究。アメリカの理念と現実の往還に注目し、アメリカ外交を支える思想的基盤を歴史の中に探る研究に定評がある。『アメリカ外交の歴史的文脈』(岩波書店、二〇二四年)をはじめ、アメリカの外交史に関連する著書多数。成蹊大学法学部助教授、同教授を経て、同大学名誉教授。また、二〇一二年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻教授。二〇二〇年より名誉教授。イエール大学Ph. D。
テリー伊藤 演出家
「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」総合演出はじめ、「サッポロ生搾り」「ユニクロ」等、数々のテレビ番組やCMを演出。プロデューサー、タレント、コメンテーターとしても幅広く活躍している。野球関連書も数多く手掛け、なかでも長年信奉してきた長嶋茂雄への熱い想いをつづった『長嶋茂雄を思うと、涙が出てくるのはなぜだろう』(ポプラ新書、二〇一五年)は、長嶋の魅力を独自の視点から存分に描いている。日本大学経済学部卒。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。YouTube 公式チャンネル『テリー伊藤のお笑いバックドロップ』配信中。
※記事全文
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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)
NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。
ホームページ:http://www.nira.or.jp/