東京理科大学 「消防隊員の身体負荷が活動安全に与える影響に関する研究」 ~過酷な環境で活動する消防隊員の熱中症の発生を抑制する手法の検討~

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2019.2.27 00:00

研究概要

東京理科大学(学長:松本洋一郎)では,理工学研究科の教員を主体とする研究グループが,東京消防庁 消防技術安全所 活動安全課のメンバーと共に,消防隊員の活動安全を確保するための研究に,スポーツ科学の分野における先進的な知見を適用する研究活動を実施しています。こうした研究は,従来,東京消防庁消防技術安全所を始め,他の機関でも実施されてきましたが,我々のグループでは,従来スポーツ科学の分野で取り入れられている2つの手法を,より過酷な環境で活動する消防隊員の活動安全を確保するために応用できないか検討しています。ここで言う「消防隊員の活動安全を確保する」とは,「消防活動中に熱中症を発症するリスクを低減する」ことです。具体的には,東京消防庁消防技術安全所の恒温恒湿室で暑熱環境を再現し,かつ実際の火災現場等で使用する装備を着装した消防隊員が被験者となり実験を行い,「アイススラリーの摂取による体温冷却効果等」及び「プレクーリングの手法による体温冷却効果等」を確認しています。また,その成果を元に更なる研究計画を策定し,総務省消防庁の消防防災科学技術研究推進制度に応募した結果,2018年度より総務省消防庁から委託を受けて研究を推進することが決定しました。そこで,これまでに得られた研究の成果と今後の研究計画について発表する運びとなりました。

 

研究従事者

東京理科大学

市村 志朗 理工学研究科 国際火災科学専攻・教授
大宮 喜文 理工学部 建築学科・教授、理工学研究科 国際火災科学専攻・教授
仲吉 信人 理工学部 土木工学科・講師
水野 雅之 理工学研究科国際火災科学専攻・准教授
柳田 信也 理工学研究科国際火災科学専攻・准教授
山本 隆彦 理工学部 電気電子情報工学科・講師
丁 鐘珍  国際火災科学研究科 火災科学専攻・博士後期課程2年生
福井 瀬生 理工学研究科 国際火災科学専攻・修士課程1年生

 

東京消防庁 消防技術安全所 活動安全課

久貝 壽之 課長 ・ 玄海 嗣生 課長補佐
清水 祐二 主任 ・ 鈴木 峻  副主任

 

これまでの研究成果の要旨

本研究では,室温40℃・相対湿度70%に制御された室内で,被験者(消防隊員)に踏み台昇降運動(高さ20cmの踏み台で1分間に100ステップの動き)を20分間行ってもらい,30分間の休息を挟んで,再度同じ運動を行ってもらい,その間の直腸温度や外耳道温度,体表面温度,心拍数等のバイタルサインを測定することで,アイススラリーの摂取やプレクーリングの導入による体温冷却の効果などを分析しています。

これらアイススラリーの摂取やプレクーリングの導入は,スポーツ科学の分野でパフォーマンス向上を目的に取り入れられてきた手法ですが,これらの消防隊員の熱中症予防への適用性を検討しています。消防活動は,スポーツ科学の分野で対象とする運動環境よりも熱的環境が厳しく,また着装する装備も特殊な条件と言えます。また,一部のスポーツに共通する部分はありますが,休息を挟んで活動を継続しなければならない点も特徴と言えます。そのため,既往のスポーツ科学研究の成果をブラッシュアップして,消防活動に特化した熱中症予防手法の確立が望まれます。

プレクーリングと休息の際には,それぞれ100gの冷水またはアイススラリーを5回,3分間隔で被験者に水分摂取してもらいました。熱中症の発症は,深部体温の上昇に関係が深いとされています。図1にバイタルサインの代表的な測定値として,被験者5名の直腸温度の変化の平均値を示します。なお,プレクーリングの水分摂取1回目の時点を基準温度としています。


図1 被験者5名の直腸温度の変化の平均値

1回目の運動後には直腸温度が上昇を続けますが,アイススラリーを摂取した方が早く低下し始めており,冷水よりも運動後の直腸温度の上昇を抑制する効果があることが分かります。最高値を比較すると,アイススラリーの方が0.08℃低い結果であり,その差は大きくありません。(運動1の区間の直腸温度変化の平均値では,冷水摂取で0.07℃に対してアイススラリー摂取で0.03℃であった。)しかし,体温が高温域にあるのでできるだけ早く温度を下げることが重要であり,アイススラリーを摂取した場合の最高値まで,冷水を摂取した場合の温度変化が低下するには約10分の遅れがあります。(休息の区間の直腸温度変化の平均値では,冷水摂取で0.76℃に対してアイススラリー摂取で0.66℃であった。)さらに,2回目の運動開始時点ではアイススラリーを摂取した方が冷水よりも0.29℃低くなり,その差が明確になっています。消防活動では,長時間に及ぶこともあり,隊長が限られたタイミングで水分補給等の休息を指示するため,休息時の効果的な体温冷却手法が求められます。今回の実験結果から,アイススラリーの摂取はその一つになり得ると考えられます。一方,プレクーリングについては,直腸温度が0.2℃程度低下した結果が得られています。スポーツ科学の分野では運動開始後の経過時間に対する温度上昇の傾きがプレクーリングの有無にかかわらず概ね等しい結果が得られているため,この温度低下によってパフォーマンスが向上したことが言及されています。ただし,今回の実験結果からは,冷水よりもアイススラリーの摂取の方が直腸温度の低下,温度上昇に転じるタイミングの遅れは見られましたが,20分間の運動の終了時点ではその温度変化に明確な差が見られませんでした。これは,今回の実験条件が既往研究と比較して,温熱環境が厳しいばかりでなく,運動時の装備(防火衣,空気呼吸器の着装)が特殊であることや,そうした装備が高い身体的な負荷を及ぼしていることなどが影響しているかもしれません。このことから,実際の消防活動をシミュレーションした我々の研究成果の独自性が示唆され,消防隊員の活動安全のために実施する意義の高い取り組みであると言えます。

※本研究の成果は,2018年10月に台湾で開催される第11回アジアオセアニア国際火災科学技術シンポジウムにおいて発表することが決定しています。

 

研究計画の要旨

前項に記した防火衣を着装した場合の研究成果を受けて,平成30年度には防火衣のみならず,執務服(作業服)や毒刺(毒劇物防護衣の上に防火衣を着装したもの)を着装した条件の下でのアイススラリーの体温冷却効果の分析を実施しています。また,プレクーリングにおけるアイススラリーの効果についても引き続き分析しています。

防火衣は,火災現場での消火活動などで執務服の上に着装して活動するための装備で,執務服は消防隊員が事務や各種作業を行いながら火災等の災害に備えて着用します。また,毒劇物防護衣は,NBC災害において有害物質の漏洩や有毒ガスが充満する環境等で,毒劇物から身を守るために着装する防護衣ですが,そうした現場での火災時の消火活動ではさらに防火衣を重ねて着装することになります。この着装状態を消防機関では毒刺と称しており,消防活動において最も身体的負荷のかかる装備になります。近年,夏場の気温上昇や火災時に熱がこもる耐火造建物の増加,また工場など化学物質を扱う施設での火災によって,消防隊員は熱中症の発症リスクが高まっていると考えられるため,日頃の鍛錬のみ頼るのではなく効果的な体温冷却手法の導入が必要であると考えます。また,暑熱環境下で労働に従事する方々への応用についても検討していきます。

来る東京2020オリンピック・パラリンピックでは,史上まれにみる酷暑環境での開催となることが予想されています。選手の体調管理やパフォーマンス向上も大切なことですが,ボランティアや警備スタッフ,警察官や消防職員を含む官公庁の職員など,大会の安全を守る人々の健康管理も大会の成功には重要な事項であると考えられます。本研究の成果は,それらに対して大きく貢献することが期待されます。

 

用語解説

アイススラリー

水や水溶液と微細な氷の混合物のこと。

 

プレクーリング

スポーツや労働などの活動前に体温を冷却することで,活動時間の延長等のパフォーマンス向上を目的としたもの。

 

NBC災害

核(nuclear)、生物(biological)、化学物質(chemical)の英単語の頭文字から放射性物質,生物剤,化学剤による災害のことを言います

 


消防隊員の装備(左から執務服,防火衣,毒劇物防護衣,毒刺)


恒温恒湿室での実験風景

 

お問い合わせについて

本件に関して,報道各社のご担当者様より,詳細な説明や質問への回答等が求められた場合には,個別に対応させて頂くか,あるいは本学においてプレスブリーフィングを持つ機会を検討したいと思います。また,実験を行っている恒温恒湿室が設置されている東京消防庁消防技術安全所において実験を紹介することも可能です。忌憚なくお問い合わせ頂ければ幸いに存じます。

 

【本研究内容に関するお問合せ先】
東京理科大学大学院 理工学研究科 国際火災科学専攻
水野雅之
〒278-8510 千葉県野田市山崎2641
e-mail:m.mizuno@rs.noda.tus.ac.jp

【当プレスリリースの担当事務局】
東京理科大学 研究戦略・産学連携センター(URAセンター)
〒162-8601 東京都新宿区神楽坂1-3
Tel:03-5228-7440
e-mail:ura@admin.tus.ac.jp

*本資料中の図等のデータはご用意しております。上記URAセンターまでご連絡頂ければ幸甚です。
*8月11日~21日は本学の夏期一斉休暇の為、この期間に担当事務局宛に頂きましたお問い合わせにつきましては、22日以降の回答となりますことをご了承ください。