所長コラム:上場企業のリスク管理と「ジャニー喜多川による性加害事件」

事件が大々的に報道され当事者企業が性加害の事実を認めた以上、上場企業は不作為を貫くことはできません

お問い合わせが増えていますので、あらゆる上場企業に共通するリスク管理上のポイントをお伝えします

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共同PR総研所長 池田健三郎
    
    
     

「ジャニー喜多川による性加害事件」が大々的に報道されるようになり、もはや「現時点からの隠蔽工作やこれを意図的に軽視することは許されない」というのが、わが国のみならずグローバルな人権感覚として共有されるに至っています。

この急激な環境変化を踏まえると、上場企業のリスク管理担当者(広報・IR担当者を含む)は速やかに対応をとらないと、「人権軽視企業」などとレッテルを貼られ、
1)商品/サービスの不買運動などのターゲット化
2)ガバナンス体制、とくに取締役会の機能度に関する疑問の惹起
3)投資家の逃避(とくに責任投資原則に忠実な機関投資家の全面撤退)と株価の下落
といったリスクが顕在化する可能性があります。

このため、ジャニーズ事務所との直接・間接の取引関係を有する企業は、直ちにその見直しについて、適正手続きを踏んだ上で企業としての意思決定を行い、場合によってはリリース発出や記者会見実施等により、自らのインテグリティ保持の証明を速やかに行う必要があります。

そのうえで、2004年の最高裁での判決確定(ジャニー喜多川の性加害事実が法的に認定された時点)以降の企業行動について、
・なぜ同事務所との契約を継続するに至ったのか
・そのように判断したプロセスはどのようなもので、最終判断を下したのは誰か
・その後の契約見直しの議論は社内で起こらなかったのか、その理由は何か
・その間、取締役会や監査役会、社外役員は適切にその役割を果たしていたのか(いなかった場合、その理由)
といった諸点について、明確に回答できるよう準備する必要があるでしょう。

元来、ジャニーズ事務所との取引停止措置は、コンプライアンスに最も厳格であるべき上場企業たる放送事業者(いわゆる民間放送局)こそが率先して行うべきですが、今次局面ではいまだ「このまま切り抜けられる」との経営判断からなのか、「タレントに罪なし」などといいつつ、当面は従前の関係が継続される可能性が高いのが実情です。

本年4月に兵庫県で暴力団組長が自身が営むラーメン店(味が良いと評判だったそうです)で銃殺されるという凄惨な事件が起きましたが、同様な店舗(反社会的組織による営利活動の拠点)があった場合、「ラーメンに罪なし」として取引を継続することが許容されるでしょうか。商品/サービスそれ自体に瑕疵がないことと、提供者の責任が別物なのは自明ですね。

確かにタレント個人は性加害とは無関係なため罪に問われることはありませんが、問題は企業間取引におけるコンプライアンスにあるため、論点をずらす手法は批判を増大させるだけで、メリットは皆無と心得るべきでしょう。

これに引っ張られて、上場企業が何もしないでいると、事態がみるみるうちに悪化する可能性は高いとみられます。

事実、すでにコンプライアンスに厳格な外資系(海外では性加害者の名前を冠した企業との取引など容認される筈もない)やマーケットの影響を受けやすい金融事業者などは早速、取引停止に舵を切っています。

この流れは急激なスピードで波及していますが、この雰囲気では「最後に取り残されるのが上記の放送事業者」ということになりかねない状況です。

そうなると、適正な人権感覚を持った上場企業は、「コンプライアンスが確立していない放送事業者に対するCM出稿は認められない」として、今度は放送局それ自体との取引停止に踏み切らざるを得ない(筆者が監査役ならそのように取締役会で意見を述べることは確実)でしょう。

そうなる前に、放送事業者は早急にコンプライアンス体制を厳格化し、過去との決別を図るべきと思われますが、筆者がみるところ、あまりに長く「見て見ぬふりをする」慣行が続いてしまったため、正常化には想像以上の時間を要する可能性があります。

しかしながら、上場企業がそのペースに巻き込まれることは極めて危険なため、マスメディアよりも先んじた対応を独自に行うことが求められることは強く意識しておく必要があるでしょう。

いずれにせよ時間がありませんので、迅速かつ的確な判断が求められています。

    
    
     

※ 文中、意見にわたる部分は筆者の個人的見解であり、所属組織等とは無関係です