神戸市は高度IT人材の輩出に本腰 ~Z世代に広がる“実装型プログラミング学習”の輪~

 「今、神戸のエンジニアコミュニティがアツい。」2021年7月、神戸市は社会の課題解決を導く次世代の高度人材の創出を目指し、エンジニア創出事業「Kobe x Engineer's Lab(神戸エンジニアラボ)」(以下:Lab)を本格始動した。

対象は、高校生・大学生を中心とした若年層とし、プログラミングの実践的な“学びの機会”を提供している。兵庫・神戸には公立の神戸高専や国立の明石高専、私立の電子専門学校等のエンジニアリング専門校をはじめ、灘高校や神戸大学など地元学生の部活やサークルなど合わせて45件以上のIT学習団体がある。国内IT人材は2030年には最大79万人規模が不足する一方で、従来型IT人材は今後余るとされており、神戸市では市内の若手エンジニアが社会で実装できる環境づくりを強化している。事業開始後約半年が経ち、団体の垣根を超え、プログラミング学習者同士の輪が広がり始めている神戸では、次世代を切り開くエンジニアが活躍し始めている。

1.社会課題の解決に夢中な、神戸の若手エンジニアたち

①神戸大学2年・工学部 
浅野恭志 (あさのたかし)
「妊婦の負担を少しでも軽減したい。」その想いが紡ぐ、アプリケーション開発。
②大阪大学大学院・工学研究科
山蔦栄太郎(やまつたえいたろう)
「技術で新しい課題を解決してく。」幾度とない開発と海外への挑戦。
③甲南大学1年・経営学部
川内生唯(かわうちうい)
「運営の立場で学習機会をつくりたい。」文系からプログラミングの第一歩を踏み出す。

① 妊婦の負担を少しでも軽減したい。その想いを紡いでアプリケーション開発

神戸大学2年工学部に所属する浅野氏は、助産師と産後間もない母親とのマッチングアプリ「mwith」を事業化見据えて開発中。「mwith」は、助産師と母親が1対1でコミュニケーションを取れる機能や、母子の日記機能、予防接種等のリマインド機能などが実装され、産後鬱などで悩める方々が自宅からサポートを受けられるプラットフォームを提供する。浅野氏のご兄妹が助産師として従事している関係もあり、コロナの影響で働きたくても働けない助産師の助けにもなりたいと語っている。
浅野氏がプログラミングを始めたきっかけは、あるイベントで同世代のプログラミング有識者に出会い、「自分も負けてられない」という思いから学習を始めた。そして、4ヶ月という短期間で、Python, Rails, Flutterの3つの言語で、3種類のアプリを制作。その制作過程を綴った「プログラミング未経験者の4ヶ月日記」が、技育展にて優秀賞を獲得。こうした経験から、コミュニティやハッカソンの存在価値を痛感し、今ではLabとの連携イベントを主催するなど、プログラミング学習者の輪を広げる役割を担っている。「学習者同士で意見交換や情報交換ができる場所があること、そして、ハッカソンなどテーマで期日がしっかりと設けられた枠組みは、学習中のモチベーションを維持して、やり切ることができた。だからこそ、初学者にこそ、ハッカソンを勧めたい」と語っている。

② 技術で新しい課題を解決してく。幾度とない開発と海外への挑戦。

大阪大学大学院工学研究科に所属する山蔦氏は、Labが主催するハッカソンにて、フェイクニュースに対して、URLを用いて情報の信頼性を確認するサービス「Check Fake」を開発。プロトタイプのPythonはDjangoにてサーバーサイド実装を行い、ブロックチェーンはハッカソン主催者のIntertrust社が提供するTIDAL APIを使用。アイデアから実装までその実力を遺憾無く発揮していた。そんな山蔦氏は、神戸市事業への造詣が深く、2018年に神戸市のシリコンバレー派遣プログラムに参加し、視察を通して、海外での先端テクノロジー活用事例の学び、本年度 Lab 主催のハッカソンに参画。大学在学中は、生命機械融合という領域で、従来の電気によるロボット制御ではなく、マウスやハエの細胞を利用した生体の筋肉によるロボット制御の研究を行っていた。その後、博士課程まで進学し、自身の会社を立ち上げ、エンジニアとしての開発業務に加え、CEOとしても活躍している。直近では、「盲ろう」の方々に向けて「Ubitone」というデバイスの開発・実用化を目指しており、常に新しい価値を生み出す姿勢を持ち続けている。

③ 文系からプログラミングの第一歩を踏み出し、コミュニティ運営のインターン生に

甲南大学1年経営学部に所属する川内氏は、コロナ状況下での学生生活を余儀なくされていたなかで、直談判でLabのインターン生としてコミュニティ活動の運営側に入った。もともとプログラミングや起業に興味があり、甲南大学起業研究会に所属し、VR学祭などの取り仕切りを経験。昨年にプログラミング初学者向けのLabイベントに参加し、プログラミング学習の重要性を再認識し、運営の立場で何か取り組めることはないかと考え、その熱意を直談判。
現在はLabのインターン生としてコミュニティ活動に携わりながら、現役エンジニアの方々との対話を通じて知識を深め、技術者としてのスキルアップを目指している。なかでも「神戸駆動開発」との共催イベントをきっかけに、XR技術に可能性を感じ、「いつかは、自分の手でヘッドマウントディスプレイ」を作ることを志している。このように、コロナ状況下での学生生活を余儀なくされている学生に対して、可能性ある学生が活躍できる場所や、優秀な学生同士の交流機会創出に向けて、Labが取り組む課題でもある。

2.東京からの移住者、20代のエンジニアがコミュニティのキーマンに

神戸のエンジニアコミュニティのキーマンは、東南アジアを中心に活躍する現役のエンジニアたちである。昨年、神戸市からの事業受託を機に、エンジニアコミュニティの構築に向けてフルコミットするべく、事業運営者のGAOGAO ゲート株式会社は東京都渋谷区から移転、代表含め計3名が神戸市に移住した。同社は、ベトナム・ホーチミンやタイ・バンコクなどの海外運営母体と連携し、現役エンジニア、最新のデジタル化に取り組む顧客、アジアトップ大学のインターン生との交流の機会を提供している。また、Labの運営体制として、東京や福岡、海外からもリモート参加でGAOGAOグループの総力をあげてプロジェクトフォローに参画。代表の鈴木氏は、現在進行中の開発プロジェクトに関わる現役エンジニアであり、グローバルな視座で直接プロジェクトを遂行している。

― コミュニティのキーマン①:移住者の若手CEO兼エンジニア

GAOGAOゲート株式会社
代表 鈴木氏
性格:熱心、チャレンジ好き
明治大学卒、在学中に教員免許を取得し、GAOGAOの創業メンバーとして新卒で参画。エンジニアとして実務経験を積みながら、教育事業をゼロから立ち上げる。計30人以上の卒業生を輩出。

“現在、市場のエンジニア獲得コストは非常に高く、企業文化に合うポテンシャル人材をエンジニアとして自社で育成することが求められています。また、エンジニア育成は未経験からスクール卒業までよりも、スクール卒業から実務レベルに到達するまでのスキルキャッチアップが最も高いハードルです。Labではスクール卒業レベルから、開発実務の参加機会を提供し、多くの学生の方が学生のうちから、たくさんのトライ&エラーを重ねられるコミュニティとして活用していただきたいです。本事業に携わるにあたり神戸市に移住した身だが、行政はじめ、他エンジニアコミュニティや、学校教員、テック企業の方々がエンジニアの育成において非常に協力的なことに驚きました。今後もそういう環境だからこそ生まれるエンジニアの輪を地道に広げ、エンジニア不足という課題に挑戦していきたいです。”

― コミュニティのキーマン②:移住者のキャリアチェンジ現役エンジニア

GAOGAOゲート株式会社
田辺氏
性格:親身、東南アジア好き
慶応大学卒業後、銀行に就職。20台半ばで、エンジニアにキャリアチェンジ。上場企業の新規事業案件に複数関わりながら、自身のキャリアチェンジの経験を生かし、教育事業を鈴木と共に推進。

“「皆さんはプログラミングと聞いてどんなものだと考えますか?」私は、プログラミング(技術)は課題解決をするための非常に強力な手段の一つと考えています。自分自身、プログラミングに出会ったのは社会人になってからなので、今の学生の皆さんには早い段階でプログラミングに慣れ親しんでいただきたいです。神戸市は、Wifi 設備や電源が備わったお洒落なコワーキングスペースが多く、エンジニアコミュニティも活発なので、技術キャッチアップのための交流も生まれやすい環境です。ぜひそういった環境の中でプログラミングを学習し、日常の些細な課題から、大きな課題まで一緒に解決していきましょう。”

3.なぜ、神戸市は次世代エンジニアの創出に乗り出したのか

2020年にMicrosoft社とGAFAの5社の時価総額が、東証一部2170社の全企業の時価総額を上回るなど、巨大IT企業は急成長を続けており、日本の経済成長にエンジニアが欠かせない。しかしながら、国内の人材に目を向けると経済産業省の予測では2030年には最大79万人のIT人材が不足するとしており、あるべき姿とのギャップは非常に大きい。加えて2015年にオックスフォード大学と野村総研が、10年~20年以内に日本の労働人口の49%がAIやロボットによって代替可能になるといった労働市場における外的な危機も予想されている。こうした今後の産業構造の変化に伴い、従来型IT人材さえも生き残りに向けた競争は厳しい見通しであり、今こそ従来型IT人材のスキル転換が必要とされている。 
一方で、神戸市には大学・短期大学24機関・約7万人に加え、高専や専門学校などの教育機関が立地しており、若年層の人材は豊富に存在している。こうした危機的状況と市内のリソースを鑑み、企業の支援に加えて、若年層の雇用確保に向けて次世代エンジニア創出に着手しはじめた。学習支援の他、世界で活躍する企業へのインターンシップでの挑戦の機会を提供することで、変革をリードできる人材を輩出していこうと取り組んでいる。

4.教育に終わらせない、実務レベルのワンストップ育成環境

企業のエンジニア獲得市場においてエンジニア不足が顕著な一方、学習歴数か月、実務未経験のスクール卒業生は飽和状態にあり、市場ニーズの高い実務レベルのエンジニアとのスキルギャップが大きく、スクール卒業だけでは就職困難な実情がある。純粋なプログラミングスキルに加え、ビジネスロジックの理解や、課題解決の手段としてプログラミングの学習支援が求められている。Labでは、企業のプロダクトが利用者に届くまでの全工程に興味がもてるエンジニアの輩出を目指し、学習者同士でお互いを高め合う交流の場や、他団体との連携を通して更なるスキルアップに向けて、3つ支援環境を提供している。

― 神戸エンジニアラボの提供サービス

①プログラミングサロン開設・市内既存コミュニティの支援活動 ※イベント開催総数19回
②スキルアップを志すエンジニア向け学習支援補助金制度の開設
④ 最先端IT企業と若手エンジニアのマッチング機会を創出
インターンマッチングイベントの第一弾は、米国シリコンバレーに本社を置くIntertrust Technologies Corporationの日本法人との共催で、2月にハッカソン形式で実施。本ハッカソンでは先端ビジネスが抱える課題に対して、ブロックチェーン技術を活用し、利用者が安全に利用できるサービス開発を行い、6日間という短期間でプロトタイプまで制作するに至った。ポテンシャルの高い若年層エンジニアと最先端技術を持つIT企業をマッチングし、スキルに応じた実践の場で挑戦する機会とキャリア形成を支援する。

― エンジニア育成事業

社名:GAOGAO ゲート株式会社
所在地:神戸市中央区(東京都渋谷区より2021年8月より移転)
代表者:代表取締役 鈴木 正直
Webサイト:https://gaogao.asia/ja/gate/
シンガポール発のスタートアップスタジオGAOGAO Pte.Ltd.のプログラミング社内育成部門として2019 年にスタート。開発会社の強みを生かし、現役エンジニアが実案件参画までをサポートできる仕組みを構築し、分社化。少人数制で、卒業生は30 名だが、国内外の有名IT 企業への就職実績を有する。