職業訓練・リカレント教育を「生涯学習」に位置づけよ

職業訓練・リカレント教育は、ここ数十年にわたり、重要課題とされてきたが、その効果は限定的なものにとどまっている。 社会や技術の変化に適応した、実効性ある仕組みにするには、何が必要か。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(理事長 谷口将紀)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。職業訓練・リカレント教育の新たな枠組み作りには何が必要か、考える。

 

企画に当たって

職業訓練・リカレント教育の新たな枠組み作りを―「人生一〇〇年時代」への対応急げ

柳川範之  NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学大学院経済学研究科 教授

 

 「人生一〇〇年時代」という言葉が当たり前のように使われるようになり、多くの人が仮に定年まで勤めたとしても、セカンドキャリアとして働くことが求められる時代だ。また、企業を巡る環境変化が速く、自発的に転職をする人の数が増える一方、働く企業や産業を変えざるを得ない人も増えている。

 一つの企業でずっと働き続けることが当たり前ではなくなる中で、「リカレント教育」の重要性が指摘されている。新しい環境に適応して十分に活躍をするためには、何らかの新たなスキルや知識を身に着ける必要があるという問題意識からだ。たとえ同じ企業で働き続けるにしても、その会社の中で十分に活躍するためには、スキルアップが重要である。

 本号の「わたしの構想」では、具体的にどのような点に注目して、職業訓練やリカレント教育の仕組み作りをすることが大切なのか、内外の専門家の方々にお話を伺った。

 日本では、職業訓練やリカレント教育の重要性は強く認識されているものの、どのような仕組み作りが必要なのかが十分に議論されておらず、皆が様子見に近い状態にある。今まで長期雇用が前提で、能力開発を企業内教育や企業内訓練に頼ってきたために、まだまだ手探りに近いのが現状だ。ここで示されている内外の有意義な取り組みを参考にしながら、それぞれの現場で必要とされるリカレント教育が、できるだけ早期に実現していくことを強く期待したい。(一部抜粋)

 

柳川範之  NIRA総合研究開発機構 理事/東京大学大学院経済学研究科 教授, NIRAわたしの構想No.52

識者に問う

職業訓練やリカレント教育の積極的な活用が進まないのはなぜか。
実効性ある仕組みにするには、何が必要か。

 

「政労使共同で作られる、デンマークの職業訓練プログラム」

菅沼 隆 立教大学経済学部 教授

実効性が高いとされるデンマークの職業訓練に対し、日本の職業訓練は労働組合・経営者団体の関与が弱く、経済社会の変化を先取りできていない。その根源は、日本のこれからの労使関係や労働市場をどう構築するのか、労使がビジョンを共有できていない点にある。

菅沼 隆 立教大学経済学部 教授, NIRAわたしの構想No.52

 

 

「自律的なキャリア選択に寄り添い、結果を出す」

ウルリカ・ヴィークルンド TRRビジネス・サービス部長

スウェーデン雇用保障協議会TRRは、解雇やレイオフの対象者向けに再就職支援サービスを提供する非営利の民間組織だ。労働協約に基づく保険料収入による十分な活動資金をもとに、一人ひとりの自律的なキャリア選択を支援し、高い満足度を得ている。

ウルリカ・ヴィークルンド TRR(ウェーデンの雇用保障協議会)ビジネス・サービス部長, NIRAわたしの構想No.52

 

「第四次産業革命では、教育・訓練システムを「生涯学習モデル」にする必要がある」

マイケル・ファン スキルズフューチャー・シンガポール(SSG)副最高経営責任者

シンガポールでは、国民が一生を通じてスキルアップできるよう、教育・訓練システムを「生涯学習モデル」にシフトしてきた。SkillsFuture運動の成功の要因の一つは、政府や産業団体、労働組合、企業、教育機関などの複数の利害関係者による強力なパートナーシップである。

マイケル・ファン スキルズフューチャー・シンガポール(SSG)副最高経営責任者, NIRAわたしの構想No.52

 

「「学び」を可視化する仕組みを根付かせる」

辰巳哲子 リクルートワークス研究所主任研究員

日本で社会人の学び・学び直しが進まないのは、学習に投資する時間や金銭に見合った、効果やリターンが見えにくいからだ。もっと、実際の仕事で活用することに重点を置いた「アウトプット型」の職業訓練・リカレント教育にして、学びとキャリアを結び付けていく必要がある。

 

辰巳哲子 リクルートワークス研究所主任研究員, NIRAわたしの構想No.52

 

 

「地域のニーズに応じた学びを、大学が提供する」

桐原武文 茨城大学社会連携センター講師

茨城大学は2019年度からリカレント教育を始めた。その際、大学、企業、地方公共団体が意見交換し、地域の意見を学習プログラムに反映する仕組みを作った。地元企業や自治体と個別に調整してカリキュラムを組む「カスタムコース」は好評だ。大学が提供できる学びへのニーズは、潜在的に多いと感じる。

桐原武文 茨城大学社会連携センター講師, NIRAわたしの構想No.52

 

NIRAわたしの構想No.52「職業訓練・リカレント教育を実効性ある仕組みにするため、何が必要か」

 

データで見る 職業訓練・リカレント教育を「生涯学習」に位置づけよ

各国の労働市場政策への公的支出(2017年、対 GDP比)

 

「デンマークの「フレクシキュリティー」政策の中で特に重要な位置を占めるのが、実効性が高いとされる職業訓練である。(菅沼氏)」

「日本の職業訓練は、「民間活力」が重視され、民間の専門学校に委ねられる傾向が強く、労使が共同で社会的に必要な技能を開発していない。(菅沼氏)」

 

各国の労働市場政策への公的支出(2017年、対 GDP比) 出所) OECD.Stat( 2017)、Public expenditure and participant stocks on LMP(2021年1月19日アクセス)を元にNIRA作成。

注) 「積極的措置」の「その他」の内訳は、「雇用インセンティブ」「保護及び援助雇用とリハビリテーション」「直接的雇用創出」「創業インセンティブ」。「消極的措置」の内訳は、「失業または無業所得の補助・支援」「早期退職」。各項目の少数点第三位以下が処理されているため、内訳を合算しても、計(A)・合計の数値とは一致しない。
出所) OECD.Stat( 2017)、Public expenditure and participant stocks on LMP(2021年1月19日アクセス)を元に作成。

 

各国の「仕事に関連した学習」の参加率(2012 年)

 

「デンマークでは、職業訓練で新しい資格を習得すれば、待遇のよい職業に就くことができるため、労働者が訓練を受講するインセンティブが強い。(菅沼氏)」

「日本で社会人の学び・学び直しが進まないのは、学びに投資する時間や金銭に見合った、効果やリターンが見えづらいからだ。(辰巳氏)」

「大学が提供できる学びへのニーズは、潜在的に多いと感じている。求められているのは、自分の仕事のキャリアアップにつながる学びだ。(桐原氏)」

 

各国の「仕事に関連した学習」の参加率(2012 年) 出所) Richard Desjardin( 2020) OECD Education Working Papers No. 223 “PIAAC Thematic Review on Adult Learning.” 数値はSurvey of Adult Skills( PIAAC()2012, 2015) Databaseのもの。NIRA作成。

注) 「仕事に関連した学習」は、仕事への貢献を目的とした成人による学習全般を示す。OJT やワークショップ・セミナーなども含まれる。表は10 か国を抜粋。*は2015 年。
出所) Richard Desjardin( 2020) OECD Education Working Papers No. 223 “PIAAC Thematic Review on Adult Learning.” 数値はSurvey of Adult Skills( PIAAC()2012, 2015) Databaseのもの。

 

スウェーデンTRRの再就職支援サービス:利用者数の推移

 

「企業で人員整理が予定されると、解雇の実施前から、対象者にキャリア移行の支援を開始する。移行支援の方法に決まった解はない。転職か、起業か、再教育か。これら三つの道の中から、各個人の希望を明らかにしながら支援していく。(ヴィークルンド氏)」

「九〇%以上の人が、支援開始後六か月以内に次の道が決まる。多くは前職と同程度か、より高い所得や地位を得て、利用者の満足度は高い(ヴィークルンド氏)」

 

スウェーデンTRRの再就職支援サービス:利用者数の推移 出所) TRR より提供。NIRA作成

注) 「支援サービスの利用を開始した人」の中で、過去にもTRR の支援を受けたことのある人は、平均で年14%程度。
出所) TRR より提供。

 

シンガポールの職業訓練の参加率と平均日数(2019 年)

 

「SkillsFuture は、二〇一四年からシンガポールが国を挙げて取り組んでいる運動だ。政府や高等教育機関、雇用主などが連携して「生涯学習モデル」を実現してきた。(ファン氏)」

「国の調査でも、訓練参加率は年々上昇しており、コースへの参加者の八割が「訓練が自分の仕事に役立った」と考えている。(ファン氏)」

 

シンガポールの職業訓練の参加率と平均日数(2019 年) 出所) Supplementary Survey on Adult Training, Manpower Research & Statistics Department, MOM( 2021年1月13日アクセス)を元に作成

注) 国が毎年シンガポール市民と永住権を持つ在住者を対象に実施しているアンケート調査。2019 年は1,767 人が回答。「職業別の訓練参加率」は、1 年間に仕事に関連する訓練を受けた人の割合。「平均参加日数」は、受講者当たりの平均訓練日数に訓練参加率を乗じて算出。「個人事業主など」の原語は、「Working Proprietors」。「全体の参加率」には、農林水産業従事者も含まれる。
出所) Supplementary Survey on Adult Training, Manpower Research & Statistics Department, MOM( 2021年1月13日アクセス)を元に作成。

 

識者紹介

菅沼 隆 立教大学経済学部教授

専門は社会政策。新たな福祉国家モデルとして注目されるデンマークを題材として研究し、社会保障制度の再構築や、高福祉国家を支える労使関係、経済構造について考察を行っている。東京大学大学院修了。経済学博士。信州大学助教授、立教大学助教授等を経て、二〇〇五年より現職。二〇一七年~二〇一九年三月まで立教大学経済学部長を務めた。著書に『戦後社会保障の証言』(共編著、二〇一八年、有斐閣)他。

 

ウルリカ・ヴィークルンド(Ulrika Wiklund) TRRビジネス・サービス部長

長年、労働法と交渉を担当。交渉部長、地域支所長など、さまざまな幹部職を一〇年務めている。TRRはすでに労働市場にいるホワイトカラーの再就職支援を専門とする一方、国営の職業紹介所は長期失業者や学校を中退した若年者を主な対象とし、両者はターゲットグループを分け、補完的関係にある。TRRでは、学習プログラムやワークショップなど多彩なサービスを提供し、対象者のニーズにこたえている。法学修士。専攻は労働法。

 

マイケル・ファン(Michael Fung) SkillsFuture Singapore副最高経営責任者

。シンガポール教育省管轄の法定機関であるSkillsFuture Singaporeで、継続教育・訓練システムの発展を監督。最高人事責任者、最高データ責任者を兼務。またシンガポール工科大学非常勤シニアフェロー、アジア高等教育企画(HEPA)代表も務める。香港科技大学(HKUST)企画・制度研究官、学長室シニアアドバイザー等を経て現職。専門は人的資本、教育、スキル開発。大学の戦略的・学術的計画や制度の有効性評価等のリーダーシップにも定評がある。教育学博士(南カリフォルニア大学ロシエ教育大学院)。

 

辰巳哲子 リクルートワークス研究所主任研究員

。働くことと学ぶことのつながりをテーマに、キャリア、キャリア教育、大人の学び(社会人学習やリカレント教育)を中心とした調査・研究をしている。全国の自治体や学校との共同研究、文部科学省や経済産業省にて委員を務める。これまでに、『社会人の学習意欲を高める』(リクルートワークス研究所、二〇一二年)、『「創造する」大人の学びモデル』(リクルートワークス研究所、二〇一八年)などの報告書を発表。博士(社会科学)。

 

桐原武文 茨城大学社会連携センター講師

リカレント教育担当。茨城大学が二〇一九年にリカレント教育を開始するにあたり、前年より開講準備に従事。地元企業や自治体にも頻繁に足を運びながら、リカレント教育への地域の理解を深め、またさまざまな関係者のニーズをくみ上げてきた。長く茨城県立高校の教員を務め、茨城県教育庁高校教育課副参事、茨城県立大洗高等学校長、茨城県立水戸商業高等学校長などを経て、現職。高校在任中は教育委員会にも長く在籍し、また商業高校の校長も務めたことから、地元自治体や産業界ともつながりが深い。

 

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

ホームページ:http://www.nira.or.jp/