2020 年10 月、菅首相は「2050 年カーボンニュートラル」を宣言し、脱炭素に向けた姿勢を鮮明にした。 実現のための課題は何か。実現に向けた道筋はあるのか。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(理事長 谷口将紀)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。脱炭素社会実現への道筋を探る。

 

企画に当たって

カーボンニュートラル実現に山積する課題―シナリオを描き時間軸に沿った着実な対応を

翁 百合  NIRA総合研究開発機構 理事/日本総合研究所 理事長

 二〇二〇年一〇月、菅首相は「二〇五〇年カーボンニュートラル」を宣言した。この宣言の背景には、二〇一五年の「気候変動枠組条約COP21パリ協定」や、国際金融市場におけるESG投資の拡大、新型コロナウイルス感染症の拡大で人々の価値観が変化し、「SDGs」達成への貢献が一層注目されるようになったことなど、脱炭素に向けた国際的な潮流がある。コロナ感染が広がる中で、欧州などを中心に、グリーンリカバリーで環境と成長の両立を目指す動きは一段と加速している。中国も六〇年までの脱炭素を宣言し、また、本年、米国大統領に就任したバイデン氏もトランプ前大統領時代に離脱したパリ協定に再コミットし、巨額の財政支援を予定している。日本にとってカーボンニュートラルは厳しい目標とされてきたが、もはや不可逆的な動きだ。そこで、この問題に高い知見をお持ちの内外の専門家の方々に、カーボンニュートラル実現の道筋をどうみているか、そのための課題は何かについてお話を伺った。

 カーボンニュートラル実現に向けた課題は数多いが、エネルギー供給のみならず、産業、運輸、家庭部門といった需要面の対応が極めて重要であり、さまざまな技術革新に向けて国を挙げて取り組むだけでなく、産業構造の変化や社会システムの改革を進めるとともに、これによって影響を受ける人たちへの目配り、支援も求められる。さらに、国民も、リユースなどの行動を通じて循環型経済(サーキュラーエコノミー)に向けた行動変容が求められる。政府は、自治体や民間企業とともにカーボンニュートラルに向けた社会のトランジションのシナリオを描き、時間軸に沿って課題へ対応し、国民を巻き込んで脱炭素社会を着実に実現していくことが求められている。

(一部抜粋)

 

翁 百合  NIRA総合研究開発機構 理事/日本総合研究所 理事長

識者に問う

「二〇五〇年CO2排出実質ゼロ」実現のための課題は何か。
実現に向けた道筋はあるのか。

 

「脱炭素火力を基軸に、シナリオを実現する」

橘川武郎 国際大学大学院国際経営学研究科 教授

日本最大の発電事業者のJERAが、昨年秋、アンモニアを燃焼させる「脱炭素火力」を打ち出し、電力部門の脱炭素化が一気に現実味をもった。課題は、アンモニア供給の確保とコストの削減だ。他方、日本のエネルギー需要の六割を占める非電力部門の見通しは立っておらず、対応はこれからだ。

橘川武郎 国際大学大学院国際経営学研究科 教授

 

 

「現実的なアプローチで脱炭素への責任を果たす」

奥田久栄 株式会社JERA 取締役副社長執行役員 経営企画本部長

JERAは3つのアプローチで発電事業の脱炭素化に取り組む。①燃焼時にCO2を排出しないアンモニアを化石燃料と混焼する「ゼロエミッション火力」発電と、再生エネの組み合わせ ②国や地域に合わせたロードマップ ③既存設備や技術を生かしつつ、技術開発に応じて進める円滑なトランジションだ。

奥田久栄 株式会社JERA 取締役副社長執行役員 経営企画本部長

 

「コスト効果の高い方策が生き残れる制度作りが肝要」

松村敏弘 東京大学社会科学研究所 教授

エネルギー源を電気に変え、その電気を再生エネ等で作る「電化シナリオ」などの戦略を組み合わせれば、十分達成しうる。重要なのは、電化率などの目標値ではなく、コスト効果の高い方策が自然に生き残るような制度設計だ。今後、排出コストの負担を求めるカーボンプライシングの導入は最重要政策になる。

松村敏弘 東京大学社会科学研究所 教授

 

「目標達成には、早急かつ大幅な政策強化が必要だ」

貞森恵祐 国際エネルギー機関(IEA) エネルギー市場・安全保障局長

IEAの分析によると、各国が今示している政策では、パリ協定の目標達成には程遠い。あらゆる手段を総動員しないと達成できず、技術的に大きな挑戦だが、世界の研究・開発は急速に進んでいる。政府は新技術が市場で受け入れられる条件整備などの政策支援を積極的に行うべきだ。

 

貞森恵祐 国際エネルギー機関(IEA) エネルギー市場・安全保障局長

 

 

「オーストラリアと日本、新たなエネルギー関係の時代が始まる」

デービッド・ロー 在日オーストラリア大使館 経済担当公使・参事官

オーストラリアは、国としての脱炭素宣言はしていないが、パリ協定へのコミットメントは強固だ。経済とのバランスをとりながら、着実に削減を進める。水素戦略など、今後の新しいエネルギー分野でも、わが国の豊富な資源を生かした豪日の協力関係は一層重要になる。

デービッド・ロー 在日オーストラリア大使館 経済担当公使・参事官

 

NIRAわたしの構想「脱炭素社会 実現への道のり」5人の識者の意見

 

データで見る 脱炭素社会 実現への道のり

世界のCO2 排出量:IEA 分析による5 つの削減シナリオ

 

「IEAの分析によると、各国が今示している政策ではパリ協定の目標達成には程遠い。(貞森氏)」

「日本のエネルギー需要の六割を占める「非電力部門」は、脱炭素化の長期見通しすら立っていない。(橘川氏)」

世界のCO2 排出量:IEA 分析による5 つの削減シナリオ(NIRAわたしの構想No.53)

注) STEPS はThe Stated Policies Scenario の略で、各国政府が現在表明している政策に基づくシナリオ。
「2050 年排出実質ゼロ誓約の完全実施」は、2050 年排出実質ゼロを表明している国など(EU、UK、ニュージーランド等)がその誓約内容を完全実施した場合のシナリオ。
SDS はSustainable Development Scenario の略で、2070 年に排出実質ゼロとする持続可能な開発シナリオ。
「2050 年排出実質ゼロシナリオ」は、2050 年に排出実質ゼロの目標を達成するシナリオ。
出所) IEA

 

各国の1 人当たりCO2 排出量の推移(1990 年-2019 年)

 

「オーストラリアは、国としての脱炭素宣言をしていないが、パリ協定の調印国としてのコミットメントは揺るぎない。(ロー氏)」

「世界全体を考えれば、今後、CO2の排出量が増加するのは、中国など新興国や発展途上国だ。(ロー氏)」

各国の1 人当たりCO2 排出量の推移(1990 年-2019 年)(NIRAわたしの構想No.53)

注) 中国の直近データは2018 年の値。
出所) IEA Data and statistics より作成(2021 年3 月12 日アクセス)

 

各国・地域のエネルギー別発電コスト

 

「 「電力部門」の脱炭素化は、再生可能エネルギーの低廉化によって現実味を帯びた。(貞森氏)」

「脱炭素火力が成長して再生エネの出力の変動性を補うようになれば、再生エネの主力電源化が進み、原子力の比率は低下するだろう。(橘川氏)」

 

各国・地域のエネルギー別発電コスト(NIRAわたしの構想No.53)

注1) グラフの値は、各発電所LCOE(均等化発電原価)の価格帯中央値。割引率は7%で計算されている。欧州の石炭データは、当該調査に提供されていない。
注2) CCGT は、通常の火力発電よりCO2 排出の少ない「コンバインドサイクル発電」という発電方式を示す。
出所) IEA, NEA( 2020)“Projected Costs of Generating Electricity 2020 Edition”。

 

アンモニアによる火力発電の脱炭素化

 

「日本最大の火力発電事業者であるJERAが、アンモニアを燃焼させる「脱炭素火力」のビジョンを宣言したことで、「電力部門」における排出実質ゼロの社会的実装が一気に現実味をもった。脱炭素火力を織り込めるならば、日本の発電の常識は大きく変わる。(橘川氏)」

「今の火力発電は石炭やガス等を発電燃料とするため、CO2が発生する。この発電燃料を、燃焼時にCO2を排出しないアンモニアや水素に段階的に置き換える。(奥田氏)」

 

アンモニアによる火力発電の脱炭素化(NIRAわたしの構想No.53)

出所) 経済産業省、資源エネルギー庁、JERA、報道資料等により作成。

 

識者紹介

橘川武郎 国際大学大学院国際経営学研究科教授

専門は日本経営史、エネルギー産業論。東京大学社会科学研究所教授、一橋大学大学院商学研究科教授、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を経て、二〇二〇年より現職。経営学の視点から、日本のエネルギー産業を研究する。経済産業省・資源エネルギー庁の審議会の委員を歴任し、エネルギー政策への造詣が深い。総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員。経済学博士(東京大学)。著書に、『エネルギー・シフト―再生可能エネルギー主力電源化への道』(白桃書房、二〇二〇年)他。

 

奥田久栄 株式会社JERA取締役副社長執行役員 経営企画本部長

「JERAゼロエミッション二〇五〇」の策定など、JERAが政府に先駆けて表明した「脱炭素宣言」の事業戦略を主導してきた。中部電力株式会社に入社後、経営戦略本部事業戦略グループ部長、コーポレート本部アライアンス推進室長、株式会社JERA取締役常務執行役員経営企画本部長等を経て、二〇二一年四月より現職。JERAは東京電力株式会社(当時)と中部電力株式会社の出資で二〇一五年設立、国内外でエネルギー事業を行う。奥田氏はJERA設立に尽力した中部電力側のキーパーソンの一人。早稲田大学政治経済学部卒業。

 

松村敏弘 東京大学社会科学研究所教授

専門は産業組織、公共経済学。東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授、東京大学社会科学研究所准教授等を経て、二〇〇八年より現職。混合寡占市場における公企業の行動原理や規制改革との関係を分析する中で、電力・都市ガスなどエネルギー市場の研究にも取り組む。経済産業省調達価格等算定委員会、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会、電力・ガス取引監視等委員会制度設計専門会合などで委員を務める。博士(経済学 東京大学)。研究業績はhttp://www.iss.u-tokyo.ac.jp/~matsumur/HPJA.html にて公開している。

 

貞森恵祐 国際エネルギー機関(IEA)エネルギー市場・安全保障局長

二〇一二年一〇月より現職。石油、ガス、石炭、再生可能エネルギー、省エネルギー等、エネルギー市場の動向分析およびエネルギーセキュリティーを担当している。通商産業省(現経済産業省)に入省後、在米日本大使館での勤務や内閣官房内閣参事官を経て、国際エネルギー問題担当参事官を務める。その後、通商交渉官として自由貿易協定の交渉を担当。東日本大震災の際には内閣総理大臣秘書官となり、福島第一原発事故に対応する。東京大学法学部卒業。

 

デービッド・ロー(David Lowe)在日オーストラリア大使館経済担当公使・参事官

オーストラリアの財務省にて政策エコノミストを務め、二〇一九年一月より現職。オーストラリア政府財務省の在日代表を兼任する。これまでに、税政策、R&D政策、国際経済分析、中長期経済財政試算、対豪海外投資審査、貿易政策、競争政策といった分野に携わり、外務貿易省や生産性委員会でもエコノミストを務めた。日本には一七歳で初めて留学して以来、経済社会分野における豪日の架け橋になりたいとの志を持つ。横浜国立大学とオーストラリア国立大学にて経済学の学士号と修士号をそれぞれ取得。

 

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

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