ニュースメディア 分断なき公共圏を作れるか

メディアの発展は日本の民主政治に大きな影響を与えてきた。 しかし今、新聞の発行部数は減少し、ネットニュースが新たな情報源となるなど、メディアは転換期にある。 今後、ニュースメディアはどうあるべきか。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(理事長 谷口将紀)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。ニュースメディアの今後を考える。

 

企画に当たって

転換期のニュースメディア―分断なき公共圏を作り、民主政治の健全性を守れ

谷口将紀  NIRA総合研究開発機構 理事長/東京大学大学院法学政治学研究科 教授

 日本は世界に冠たる新聞大国である。しかし、今や新聞の未来に影がさしている。この二〇年間で、新聞の発行部数は約三分の二に減少した。新聞を取り巻く環境の厳しさで先行する米国の事例からは、単なる一業界の消長にとどまらない民主政治への悪影響が懸念される。二〇二〇年大統領選の混乱に見られたように、サイバーカスケード、エコーチェンバー、フィルターバブル、フェイクニュースなど、インターネットを通じた政治コミュニケーションの危うさも浮き彫りになった。

 日本のニュースメディアを守り、民主政治の健全性を保つためには何が必要か。

 本号では、ジャーナリズムのあり方に関して卓越した所見を示されてきた識者からの直言を得るとともに、わが国のジャーナリズムを率いてきた日本の二大紙、読売新聞と朝日新聞の首脳に見解を伺った。

 日本では、全国紙の力がなお強い。人々の情報源がインターネットに移ると言っても、Facebook などのソーシャルメディアよりもYahoo! ニュースやLINE NEWS といったプラットフォームが中心であるなど、ステークホルダーの数は限られている。フェイクニュースという民主政治の共通敵に対抗するには、わが国のこうした特徴を生かして、新聞各社の論調や新旧メディアの垣根を越え、新しい時代の政治コミュニケーションのインフラをデザインすべき時期に来ている。

(一部抜粋)

 

NIRAわたしの構想No.54 谷口将紀  NIRA総合研究開発機構 理事長/東京大学大学院法学政治学研究科 教授

識者に問う

ニュースメディアは、これからの民主政治でどのような役割を果たすべきか。
また、メディアの経営戦略はどうあるべきか。

 

「信頼性と速報性を備えたメディアとして、新聞の役割はますます重要になる」

老川祥一 読売新聞グループ本社 代表取締役会長・主筆代理・国際担当(The Japan News主筆)

世の中の出来事を正確に伝えるという、報道機関としての新聞の役割はなくならない。政府や社会に「物を申す」言論も、新聞の重要な役割だ。読売では、「KODOMO新聞」・「中高生新聞」を発行し、未来の読者を増やそうとしている。また、広告などの収入減を補うため、経営の多角化を進めている。

NIRAわたしの構想No.54 老川祥一 読売新聞グループ本社 代表取締役会長・主筆代理・国際担当(The Japan News主筆)

 

 

「デジタルシフトを進め、『みなさまの豊かな暮らしに役立つ総合メディア企業へ』」

中村史郎 朝日新聞社 代表取締役社長

デジタルシフトが課題だ。朝日では、デジタル独自の表現を工夫し、読者を分析して生活に役立つ多彩なコンテンツを試みている。デジタル空間は取材なしの「コタツ記事」やフェイクニュースが氾濫する。信頼できる確かな情報を届けるのが、ジャーナリズムの役割だ。それには、安定した経営基盤が必要だ。

NIRAわたしの構想No.54 中村史郎 朝日新聞社 代表取締役社長

 

「官の情報を貰い下げるのは報道ではない」

下山 進 作家/上智大学新聞学科 非常勤講師

日本の新聞は、官僚・公務員や政治家と関係を築き、その情報を他紙にさきがけて書く「前うち」に価値を見出してきたが、インターネット時代、「前うち」をしても、すぐ追いつかれる。新聞が生き残るには、独自に取材し、政府が広報する裏側の真実をえぐりだす報道が必要だ。それが民主主義の活性化にもつながる。

NIRAわたしの構想 No.54下山 進 作家/上智大学新聞学科 非常勤講師

 

「メディアは調査報道で付加価値を生み出して、人々の信頼を取り戻せ」

瀬尾 傑 スマートニュース メディア研究所 所長

最大の課題は、メディアへの人々の信頼の低下だ。メディアは自身を「権力と対峙する」存在と自認するが、人々はメディアを「既得権益集団」とみている。埋もれている事実について時間をかけて取材し、人々に新たな課題を提供する「調査報道」こそが、メディアが信頼を取り戻す途だ。

 

NIRAわたしの構想 No.54 瀬尾 傑 スマートニュース メディア研究所 所長

 

 

「二一世紀のジャーナリズムの課題--エリート主義、ニュース離れ、デジタル時代の収入源」

ニキー・アッシャー イリノイ大学カレッジ・オブ・メディア 准教授

米国は「エリート民主主義」が課題だ。情報を上手く利用しているのはエリート層で、メディアもエリート層の関心事ばかり報道する。他方で、特に社会経済的な地位が低い層で、ニュースに接しない人が増えている。ニュースメディアには、デジタルマーケティングの効果的活用が求められる。

ニキー・アッシャー イリノイ大学カレッジ・オブ・メディア 准教授

 

NIRAわたしの構想 No.54 5人の識者の意見「ニュースメディアは、民主政治にどのように役割を果たしていくべきか」

 

データで見る ニュースメディア 分断なき公共圏を作れるか

日本・アメリカの「ニュースを得る際の情報源」の推移

 

「読売新聞の発行部数は、一〇年間で二五〇万部以上も減った。インターネットの普及などいろいろな要因が絡んでいる。(老川氏)」

「紙媒体の購読をやめて朝日新聞デジタルに移った人は少なく、朝日の中では紙とデジタルは競合していない。(中村氏)」

「米国では、ニュースに接する機会がない人が増えている。新聞の購読者数も減少し、スターバックスも店頭で新聞を売らなくなった。(アッシャー氏)」

NIRAわたしの構想 No.54 日本・アメリカの「ニュースを得る際の情報源」の推移

注) 各国インターネットモニターを国勢調査に合わせて割当された調査。「1 週間でニュースソースとして利用したものを挙げてください」との問いに、設定された各国の主要紙や主要雑誌と、ニュースサイトやSNS を利用したと回答した人の割合。
出所) Reuters Institute for the Study of Journalism( 2020)Digital News Report 2020

 

日本・アメリカの「メディアを信頼する割合」

 

「新聞などニュースメディアが抱える最大の課題は、メディアに対する人々の信頼が低下していることだ。(瀬尾氏)」

「ジャーナリズムは、「ジャーナリストが教えたいもの」と、「人々が欲しているもの」との間にギャップがあることを認識していない。(アッシャー氏)」

NIRAわたしの構想 No.54 日本・アメリカの「メディアを信頼する割合」

注) 世界価値観調査(WVS)より「下記に挙げられている団体や組織について、あなたはどの程度信頼していますか」との質問に、回答者は4 点尺度で回答した。グラフは「非常に信頼している」、「やや信頼している」と回答した人の割合。
出所) 世界価値観調査(WVS)第7 波

 

各国のジャーナリストと一般視聴者・読者の「メディアの権力監視認識」

 

「日本では、メディアと市民の間に深刻な認識ギャップがある。メディアは自身を「権力と対峙する」存在と自認しているが、人々はメディアを「既得権益集団」とみている。こうした認識のずれにメディアが鈍感であることが、信頼を喪失させている。(瀬尾氏)」

「米国は、「エリート民主主義」に大きく傾いている。実際に情報を最も上手く利用しているのはエリート層で、メディアも、エリート層の関心事ばかり報道している。(アッシャー氏)」

 

NIRAわたしの構想 No.54 各国のジャーナリストと一般視聴者・読者の「メディアの権力監視認識」

注) 一般視聴者・読者データはロイタージャーナリズム研究所2019 年調査より。「ニュースメディアは、権力のある人や企業を監視していると思いますか」との問いに「そう思う」と回答した人の割合。ジャーナリストデータはWorlds of Journalism Study 2016年調査より。「政治指導者を監視し、精査することがあなたの仕事において重要だと思いますか」との問いに「非常に重要である」、「かなり重要である」と回答した人の割合。
出所) Reuters Institute for the Study of Journalism( 2019)Digital News Report 2019

 

日本の新聞業界をめぐる状況の変化

 

「新聞をはじめ、従来のニュースメディアは苦境にある。(老川氏)」

「二〇年前は複数の新聞を購読するご家庭もあり、新聞の世帯当たり普及率は一〇〇%を超えていた。だが、現在は、ほぼ半減。デジタルシフトをいかに進めるかが課題だ。(中村氏)」

 

NIRAわたしの構想 No.54 日本の新聞業界をめぐる状況の変化

注) 「一世帯あたりの一般紙数」は、下記の出所データをもとに、NIRA でスポーツ紙等を除いて算出した。金額と一般紙部数の数値は、端数を四捨五入している。
出所) 一般社団法人日本新聞協会、新聞協会経営業務部調べ

 

識者紹介

老川祥一 読売新聞グループ本社 代表取締役会長・主筆代理・国際担当(The Japan News主筆)

一九六四年、読売新聞社に入社。第一線の政治記者として、激動する政治の現場を取材してきた。同社政治部、論説委員、政治部長などを経て、取締役編集局長、大阪本社代表取締役社長、東京本社代表取締役社長・編集主幹、読売新聞グループ本社取締役最高顧問、読売巨人軍取締役オーナーを歴任。二〇一九年より現職。現在、東京本社取締役論説委員長を兼務。早稲田大学政治経済学部卒業。著書に、『政治家の胸中 肉声でたどる政治史の現場』(藤原書店、二〇一二年)、『政治家の責任 政治・官僚・メディアを考える』(藤原書店、二〇二一年)他。

 

中村史郎 朝日新聞社 代表取締役社長

一九八六年、朝日新聞社に入社。同社政治部、中国総局員、国際報道部長、広告局長、初代パブリックエディター、執行役員編集担当兼ゼネラルマネジャー兼東京本社編集局長を経て、二〇二〇年、代表取締役副社長。副社長時代は、デジタル政策、バーティカルメディア事業を担当。コンテンツ事業全般を統括した。二〇二一年四月に代表取締役社長(現職)に就任。デジタル時代における朝日ならではのブランド価値の構築に向け、四月からは新しい中期経営計画をスタートさせている。東京大学卒業。

 

下山 進 作家/上智大学新聞学科 非常勤講師

メディア業界の構造変化や興廃を、緻密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。二〇一八年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「二〇五〇年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『二〇五〇年のメディア』(文藝春秋)として上梓した。一九九三年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。著書に『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、二〇〇二年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、二〇二一年)など。サンデー毎日でメディアについてのコラムを連載中。

 

瀬尾 傑 スマートニュース メディア研究所 所長

日経マグロウヒル社(現日経BP社)を経て、講談社入社。『週刊現代』『月刊現代』等を担当後、『現代ビジネス』編集長。二〇一八年スマートニュース入社。スマートニュース メディア研究所所長に就任し、社会とメディアが抱える課題について研究・提言を行う。二〇一九年に調査報道の支援を目的にした子会社スローニュース株式会社を設立、代表取締役社長。インターネットメディア協会代表理事。総務省「放送を巡る諸問題検討会」構成員。メディア業界の多様な職種の経験を生かし、新しい時代のジャーナリズムの育成と支援に取り組んでいる。同志社大学卒業。

 

ニキー・アッシャー(Nikki Usher)イリノイ大学カレッジ・オブ・メディア 准教授

専門は、メディア社会学、政治コミュニケーション。ニューヨーク・タイムズのデジタル化への対応を描いた『MakingNews at The New York Times』(二〇一四年、University of Michigan Press)は、タンカード・ブック・アワード等を受賞。他、メディアにおけるプログラミングやデータジャーナリズムの台頭を分析した『Interactive Journalism:Hackers, Data, and Code』(二〇一六年、University of Illinois Press)など。南カリフォルニア大学アネンバーグ・コミュニケーション・ジャーナリズム大学院よりPh.D。ジョージワシントン大学メディア広報学部准教授を経て、現職。

 

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

ホームページ:http://www.nira.or.jp/