コロナ禍で懸念される少子化の加速

昨年、日本の出生数は約84万人と過去最少を記録した。日本の少子化は、コロナ禍の前からすでに深刻な状況だ。コロナ禍は少子化に影響するのか。

公益財団法人NIRA総合研究開発機構(理事長 谷口将紀)は、学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から政策提言を行うシンクタンク。コロナ禍は少子化に影響するのか、考える。

 

企画に当たって

コロナ禍で懸念される少子化の加速
― 若者を重視する政策へのコミットメントを

翁 百合  NIRA総合研究開発機構 理事/日本総合研究所 理事長

 日本の2021年の出生数は約84万人と推計され、合計特殊出生率は2020年で1.33まで低下している。2015年の段階では100万人を超えていた出生数は、その後急速に減少してきており、新型コロナウイルス感染症の流行前から、出生数は縮小の一途をたどってきた。政府もさまざまな政策を講じているが、少子化のトレンドは残念ながら変えることはできず、2020年以降の新型コロナ感染症の流行の影響で、少子化がさらに加速する可能性が指摘されている。

 そこで、今回の「わたしの構想」では、新型コロナ感染症拡大が少子化に与えうる影響とその受け止め、また少子化の流れを変えるための政策などについて識者の方に伺った。

 少子化は日本社会の未来に極めて深刻な影響を及ぼす。希望出生率1.8が実現できるよう、政府は本格的に対応を考える必要がある。

(一部抜粋)

 

識者に問う

コロナ禍は日本の少子化に影響するのか。
少子化問題にどう対応していくべきか。

 

コロナ禍による産み控えは、少子化の加速につながるのでは

津谷典子 慶應義塾大学 教授/同大学グローバルリサーチインスティテュート上席研究員

津谷典子 慶應義塾大学 教授/同大学グローバルリサーチインスティテュート上席研究員

日本は、コロナ以前から20代~30代の女性数が減少傾向にあり、コロナ禍がなかったとしても出生数は減少が続く。コロナによる先行き不安から、妊娠・出産の先送りが起こり、それが産み控えとなって子どもを持つことを完全に諦めてしまうようになると、少子化と人口減少に拍車がかかる可能性がある。

 

 

今こそ、若者重視のメッセージを打ち出せ

大竹文雄 大阪大学感染症総合教育研究拠点 特任教授

大竹文雄 大阪大学感染症総合教育研究拠点 特任教授

コロナ禍の2年間で、結婚件数は約1割減少した。テレワークなどの動きを定着させ、「仕事と家庭」を両立しやすくする規範の形成が大切だ。オミクロン株の重症化リスクは高齢者と基礎疾患のある人に偏っていたが、若者にも一律の行動制限を強いてきた。今こそ、若者重視の政策展開が求められる。

 

 

働き方改革で、ジェンダーギャップの解消を

山口慎太郎 東京大学大学院経済学研究科 教授

山口慎太郎 東京大学大学院経済学研究科 教授

昨年の出生数の落ち込みは、出産のタイミングを遅らせただけかもしれないが、今後も経済の不確実性が続けば、長期的に出生率に負の影響が出る可能性もある。コロナ禍で導入が進んだ在宅勤務は、男性の家事・育児参加に効果があることが分かった。働き方改革は、長期的に出生率に良い影響を与えるだろう。

 

 

育児支援は雇用政策だけでなく、子ども・家族政策として社会全体で担うべき

山崎史郎 内閣官房参与 兼 内閣官房全世代型社会保障構築本部事務局総括事務局長

山崎史郎 内閣官房参与兼内閣官房 全世代型社会保障構築本部 事務局総括事務局長

人口減少が進むと、国内マーケットは縮小し、若年層は閉塞感を強め、社会経済や政治は不安定化してしまう。せめて急激な人口減少は緩和させねばならない。今の子育て支援策は多くの若年者が制度からこぼれ落ちており、限界がきている。社会全体で子どもを支援する「普遍的な子ども・家族政策」が必要だ。

 

 

 

 

出生数だけを見るのではなく、包括的な人への投資を

白波瀬佐和子 東京大学大学院人文社会系研究科 教授

白波瀬佐和子 東京大学大学院人文社会系研究科 教授

即時的に「出生数の増加」を求めず、数が減少している若い人がそれぞれの強みを生かして活躍できる社会にすることが大切だ。男性と同等の機会に恵まれなかった女性への対策も重要。人への投資効果が現れるには時間がかかるが、結果として効率的な人材育成モデルを構築し、それが日本の未来を左右する。

 

 

 

「コロナ禍の少子化への影響をどう考えるか」NIRAわたしの構想No.60

 

データで見る コロナ禍で懸念される少子化の加速

日本女性の年齢階級別の出生率の変化(2019 年-2021 年)

「コロナ禍は日本の少子化に影響するのか。」

「日本女性の年齢階級別の出生率の変化(2019 年-2021 年)」NIRAわたしの構想No.60

注) 本号公表時に2021 年人口動態調査の12 月値が公表前であったため、2021 年の出生率の算出には2020 年12 月の出生数を使用。
出所) 厚生労働省(2021)「人口動態統計月報(概数)(令和2 年12 月~令和3 年11 月分)」、厚生労働省(2020)「人口動態統計(確定数)母の年齢(5 歳階級)・出生順位別にみた合計特殊出生率(内訳)」、総務省統計局(2021)「人口推計(2021 年(令和3 年)10 月1 日現在)年齢(各歳),男女別人口及び人口性比-総人口,日本人人口(2021 年10 月1 日現在)」(いずれも2022 年5 月9 日取得)をもとに作成。

 

日本の自殺数の変動(2019 年-2021 年)

「コロナ禍は、経済や社会生活にも広範な変化をもたらしている。」

「日本の自殺数の変動(2019 年-2021 年)」NIRAわたしの構想No.60

注) 週ごとのデータ。「予測自殺数」は、例年の自殺数をもとに推定。「予測閾値上限・下限」は、95%片側予測区間を示す。詳しくは国立感染症研究所のWeb ページ「我が国における超過死亡の推定」を参照のこと。
出所) exdeaths-japan.org「日本の超過および過少死亡数ダッシュボード」(2022 年5 月9 日取得)

 

在宅勤務が男性の家事・育児参加に与えた効果

「私のチームが行った研究では、在宅勤務が週1日増えると、男性の家事・育児にかける時間が6.2%増加し、また、家族と過ごす時間が5.6%増加することが分かった。(山口氏)」

「在宅勤務が男性の家事・育児参加に与えた効果」NIRAわたしの構想No.60

注) 在宅勤務が週1日増えた場合の、男性の家事・育児参加に与えた因果効果の推定結果。内閣府「第2 回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」の個票を用いて、計量経済学の手法である一階差分モデルと操作変数法を組み合わせて分析されている。対象は、「テレワークできる業務の割合が多い」という理由で、2019 年12 月と2020 年12 月の間に在宅勤務日数を増加させた、18 歳未満の子供がいる984 名の男性。エラーバーは95%信頼区間を示す。
出所) Inoue. C., Ishihata. Y., & Yamaguchi. S.(2021)“Working from Home Leads to More Family-Oriented Men,” CREPE Discussion Paper No. 109.

 

ミュルダールの思想と人口政策への展開

「人口減少のトレンドを反転できる状況にはないが、せめて急激な減少を緩和させねばならない。鍵になるのが、スウェーデンの経済学者のミュルダールが言う「予防的社会政策」、すなわち、人口減少による困難な事態が社会に顕在化する前に、予防のための政策を講じる考え方である。(山崎氏)」

「ミュルダールの思想と人口政策への展開」NIRAわたしの構想No.60

出所) 藤田菜々子(2009)「1930 年代スウェーデン人口問題におけるミュルダール――「消費の社会化」論の展開」経済学史研究 第51 巻第1 号 pp. 76-92、藤田菜々子(2008)「1930 年代人口問題におけるケインズとミュルダール」経済学史学会第72 回全国大会口頭発表、渡邊幸良(2015)「ミュルダールの予防的社会政策」中央大学経済研究所年報 第47 号 pp. 447-460 をもとに作成。

 

識者紹介

津谷典子 慶應義塾大学 教授/同大学グローバルリサーチインスティテュート上席研究員

専門は人口統計学、社会人口学。長期的視点から人口変動の構造的な要因の解明を行う。膨大な歴史人口・経済データの実証分析に基づく著書『Prudence and Pressure: Reproduction and Human Agency in Europe and Asia, 1700-1900』(MIT Press, 2010)で日本人口学会賞、慶應義塾賞。シカゴ大学大学院社会学研究科博士課程修了。米国東西センター人口研究所リサーチフェローなどを経て、一九九八年、慶應義塾大学経済学部教授に就任。二○一九~二〇二〇年、慶應義塾大学経済研究所所長。日本人口学会会長のほか、政府委員など数多くの公職を歴任。

大竹文雄 大阪大学感染症総合教育研究拠点 特任教授

専門は労働経済学、行動経済学。新型コロナ対策において、行動経済学の観点から人々の行動変容を促す方法を実証的に研究し、新型インフルエンザ等対策推進会議委員を務める。大阪大学博士(経済学)。同社会経済研究所教授等を経て、二〇一八年より同経済学研究科教授。また、二〇二一年より現職。大阪大学理事・副学長、日本経済学会会長のほか、政府委員を歴任。『日本の不平等―格差社会の幻想と未来』(日本経済新聞出版、二〇〇五年)で日本学士院賞、サントリー学芸賞。著書に『行動経済学の使い方』(岩波新書、二〇一九年)等。

山口慎太郎 東京大学大学院経済学研究科 教授

専門は、家族の経済学と労働経済学。労働市場での女性の活躍を起点に、結婚、出産、育児の課題に対して実証的なアプローチで研究を行う。ウィスコンシン大学マディソン校にて経済学博士号取得。マクマスター大学助教授・准教授、東京大学大学院経済学研究科准教授を経て、二○一九年より現職。『「家族の幸せ」の経済学―データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書、二〇一九年)で、第四一回サントリー学芸賞を受賞。内閣府男女共同参画会議議員、朝日新聞論壇委員なども務める。

山崎史郎 内閣官房参与 兼 内閣官房全世代型社会保障構築本部事務局 総括事務局長

一九七八年、厚生省(現・厚生労働省)に入省。内閣府政策統括官、内閣総理大臣秘書官、厚労省社会・援護局長、内閣官房地方創生総括官などを歴任した。この間、介護保険の立案から施行まで関わり、「ミスター介護保険」と呼ばれた。退官後、駐リトアニア特命全権大使を務めた。その後、人口減少問題への打開策を提起する『人口戦略法案』(日本経済新聞出版、二〇二一年)を出版。小説形式をとる本書は、豊富な政策現場の経験を生かし、改革案の成立に奔走する政府内部を描きながら、人口問題の厳しい現実を突きつける。二〇二二年一月より現職。

白波瀬佐和子 東京大学大学院人文社会系研究科 教授

少子高齢化、社会的不平等・格差などを主テーマに、数々の大規模研究プロジェクトを率いてきた。日本の少子高齢化対策では、社会全体で持続可能な成長を実現できるよう、包括的な政策提案を行ってきた。オックスフォード大学社会学博士号取得。東京大学助教授を経て、二○一○年より現職。二〇一九~二〇二〇年、東京大学理事・副学長(国際、総長ビジョン広報)。現在、東京大学現代日本研究センターセンター長のほか、国際連合大学上級副学長(国際連合事務次長補)を兼務。『少子高齢社会の階層構造一~三』(共著、東京大学出版、二〇二一年)など、著書多数。

 

記事全文

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■NIRA総合研究開発機構(Nippon Institute for Research Advancement)

NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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