不確実性への対応を社会実装せよ

自然災害やパンデミック、IT システム障害など、現代社会を脅かす「不確実な事象」。いかに予見可能としていくか、その手法を探る。

企画に当たって

不確実性への対応能力が、社会のクオリティーを決定する
― 鍵を握る、国と個人のリアルタイムでの双方向コミュニケーション

金丸恭文  NIRA総合研究開発機構会長/フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長グループCEO

金丸恭文  NIRA総合研究開発機構会長/フューチャー株式会社代表取締役会長兼社長グループCEO

 

 新型コロナ禍やウクライナ侵攻をはじめ、驚くべき事件が立て続けに起こっていることで、人々は今が「不確実性の時代」であることを、いや応なしに認識するようになった。「不確実性」は便利な言葉でもあり、往々にして災害を予見できなかった言い訳にも使われる。だが、不確実性に向き合って、予見可能なものにどのように変えていくか、それこそが人類の知恵であり、今後、国家や組織の力の差として現れてくる。この点において日本の現状は心もとない。

 今後、国として危機対応能力を高めていくためには、さまざまな分野の専門家を横断的に集めて、オンライン・リアル会議を駆使して意見交換を密に行い、日本の抱えるリスクを洗い出さなければならない。また、現在はESG(環境・社会・ガバナンス)に対する関心が高まっていることもあり、不確実性に対して企業や各業界が取り組む好機といえる。「危機対応能力は企業を成長、進化させる」、そう経営者が認識すれば、社会実装が一気に進むことも期待できよう。国や企業が備える不確実性への対応能力は、われわれが暮らす社会のクオリティーそのものなのだ。

(一部抜粋)

 

識者に問う

不確実な出来事に備えるための手法は何か。
その手法をより効果的にするため、平時から行うべきことは何か。

 

「揺らぎ」を見つけて、不確実な出来事が起こる前に対処する

合原一幸 東京大学特別教授/名誉教授

合原一幸 東京大学特別教授/名誉教授

脳、感染症、エネルギー、情報、交通、経済といった現代の重要課題に対して、複雑系の理論と大規模データを用いて「予兆」を掴もうとしている。医療なら、発病前の「未病」を検出し発病前に治療する。解析手法はシンプルだ。予兆の解析が進めば、未然に対処するシステム構築が期待できる。

 

 

平常時のデータから組織の学習能力を向上させ、予見能力を高める

北村正晴 東北大学名誉教授/株式会社テムス研究所代表取締役所長

北村正晴 東北大学名誉教授/株式会社テムス研究所代表取締役所長

東日本大震災で原発が制御不能に陥ったが、震災前から大津波の危険を指摘する声はあった。組織が身に着けるべきは、予兆や警告を見逃さずに予見する力、そして、起きた事態・被害に負けない強じんな耐力や回復力だ。日常の営為に潜む予兆を把握し、また日常の良好事例から教訓を得ることが大切だ。

 

 

ネットワーク化技術の重要性を認識せよ

潮 俊光 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授

潮 俊光 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授

みずほ銀行のATM大規模障害など、ネットワーク化によって生じる大規模な障害が社会に与える影響は深刻だ。多くは局所的な障害に起因するバタフライエフェクトである。障害の発生時に迅速な対応をとるためには、事前に解析して、致命的な情報か否かなど、情報を「階層化」して管理しておくことだ。

 

 

完全を目指すのではなく、不確実性を織り込んだソフトウエア開発への転換を

高橋寿一 株式会社AGEST取締役CTSO兼 AGEST Testing Lab. 所長

高橋寿一 株式会社AGEST取締役CTSO兼 AGEST Testing Lab. 所長

社会インフラを構成するシステムのソフトウエアは年々肥大化。対策は「バグをなくす」から、「ダウンタイムをいかに短くするか」に移行している。システムの機能ごとの独立性を高めて影響を局所化したり、稼働中のシステムにあえて障害を起こす「ITの避難訓練」の取り組みなどが行われている。

 

 

 

 

不確実性の下で何ができ、何を知りたいのか?

ミリアム・テシュル フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)准教授

ミリアム・テシュル フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)准教授

より多くの市民が検査を受けるほど、コロナ禍「どこにウイルスがいるのか」という状況理解が進む。不確実性の下では、知識は政府や専門家だけでなく、多くのプレーヤに分散する。危機対応に分権的な意思決定を組み込むことで、より的確な政策決定が可能となる。

 

 

 5人の識者の意見

NIRA総研 わたしの構想No.62「不確実性への対応を社会実装せよ」

 

データで見る コロナ禍で懸念される少子化の加速

レジリエンスと反脆弱性を目指す学際的な動向

「伝統的な学問の域を越えて不確実性を乗り越えようとする試みが行われている。(編集部)」

「レジリエンスと反脆弱性を目指す学際的な動向」NIRA総研 わたしの構想No.62(出所:Ramezani, J., & Camarinha-Matos, L. M.)

1) 全体の食料自給率を計算する上で、輸入飼料により国内生産された畜産物は国産に含めていない。

出所) Ramezani,J.,&Camarinha-Matos,L.M.2020)“Approaches for resilience and antifragility in collaborative business ecosystems”. Technological Forecasting and Social Change, 151, 119846.

Fig. 4. Contributing knowledge areas. より、一部項目のみ抜粋して掲載。全体は出所を参照のこと。

 

現実の複雑系応用課題を制御・最適化・予測するための数理モデリング

「脳、感染症、エネルギー、情報、交通、経済といった、今世紀に残された多くの重要課題に対して、複雑系の理論を使って、問題のある出来事が起きる前の予兆を見つけようとしている。(合原氏)」

「現実の複雑系応用課題を制御・最適化・予測するための数理モデリング」NIRA総研 わたしの構想No.62(出所:合原一幸氏)

出所) 合原一幸東京大学特別教授/名誉教授ご提供資料をもとにNIRA 作成。

 

安全概念の拡張―Safety-I から Safety-IIへ

「誤りを修正したり、人間行動をマニュアル化する方向だけで安全を追求しても、不確実性の時代の安全対策としては不十分で、新しい安全概念が必要となる(北村氏)」

「安全概念の拡張―Safety-I から Safety-IIへ レジ」NIRA総研 わたしの構想No.62(出所:北村正晴氏)

注) Safety-ISafety-IIの定義は本文p. 13( 注)を参照のこと。

出所) 北村正晴東北大学名誉教授ご提供資料をもとにNIRA 作成。

 

カオスエンジニアリングの原則

「複数の機器をネットワーク化したときに生じる障害は社会的にも深刻だ。…ネットワーク化によって生じる大規模な障害の多くは局所的な障害に起因するバタフライエフェクトだ(潮氏)」

「米ネットフリックスでは、実際に稼働中の一部のシステムにあえて障害を起こし、最低限のサービスを維持しながら落ちたシステムを自動復旧させる、いわば「ITの避難訓練」ともいえる取り組みを行っている。(高橋氏)」

「カオスエンジニアリングの原則」NIRA総研 わたしの構想No.62(出所:Rosenthal, C., & Jones, N.、ほか)

出所) Rosenthal, C., & Jones, N. 2020Chaos Engineering: System Resiliency in Practice. OReilly Media.(堀明子・松浦隼人訳(2022)『カオスエンジニアリング―回復力のあるシステムの実践―』オライリージャパン)、principlesofchaos.org/ja/「カオスエンジニアリングの原則」(2022 10 18 日取得)をもとにNIRA 作成。

 

識者紹介

合原一幸 東京大学特別教授/名誉教授

実在するさまざまな複雑系の数理モデルを構築し、工学・産業・医学などへの応用研究を広く展開して、社会課題を解決するための複雑系数理モデル学の基盤を開拓した。専門は数理工学、カオス工学。一九八二年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。東京大学大学院工学系研究科教授などを経て、二〇二〇年より現職。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構・副機構長なども兼務。『Science』などの海外トップジャーナルに論文多数。著書、編書に『人工知能はこうして創られる』(ウェッジ、二〇一七年)ほか多数。

北村正晴 東北大学名誉教授/株式会社テムス研究所代表取締役所長

レジリエンス・エンジニアリング(RE)の第一人者。REの実装手法の研究開発と、さまざまな分野の現場への応用に従事。専門は原子力安全工学、原子炉計装工学、ヒューマンファクター、REとシステム安全。一九七〇年東北大学大学院工学研究科博士課程単位取得退学(工学博士)。同大学助手、同大学教授、同大学未来科学技術共同研究センター長などを経て、二〇一二年より現職。また、RE研究に加えて、「原子力技術に関わる諸問題」について市民との直接対話を積極的に推進している。

潮 俊光 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授

異なる性質を持つサブシステムが相互結合する複雑システムの制御理論など、複雑システムの解析・設計・制御の教育、研究に従事。専門はシステム制御理論。一九八五年神戸大学大学院自然科学研究科システム科学専攻博士課程修了(学術博士)。カリフォルニア大学バークレー校機械工学科研究員、大阪大学工学部電子工学科助教授などを経て、一九九七年より同大学院基礎工学研究科システム人間系専攻(二〇〇三年システム創成専攻に改組)教授。著書に『カオス制御』(朝倉書店、一九九六年)ほか。学術論文等、多数の研究成果を国内外で発信している。

高橋寿一 株式会社AGEST取締役CTSO兼AGEST Testing Lab. 所長

ソフトウエアテストの第一人者。肥大化、複雑化するソフトウエアに対して、実効性あるソフトウエアテスト技術の研究開発に従事。フロリダ工科大学大学院にてCemKaner 博士(探索的テスト手法考案者)、JamesWhittaker 博士(How Google Tests Software 著者)にソフトウエア品質の指導を受けたあと、広島市立大学にて博士号取得(情報工学博士)。Microsoft シアトル本社・SAP ジャパン、ソニー㈱を経て、現職。株式会社デジタルハーツホールディングスCTSOを兼務。著書に『ソフトウェア品質を高める開発者テスト 改訂版』(翔泳社、二〇二二年)ほか多数。

ミリアム・テシュル フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)准教授

フランス国立社会科学高等学院(EHESS)経済哲学准教授。エクス・マルセイユ経済学院(AMSE)を拠点としている。本年度は、ポルトガルのNova School for Business and Economics で客員研究員として勤務。ウェルビーイング、社会正義、特に競合する動機による意思決定など、学際的な問題に関心を持つ。最近では、学際的な研究グループとともに、不確実性のもとで私たちは何を知ることができ、何を知りたいのかという、より認識論的な問いに取り組み始めている。

 

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NIRA 総合研究開発機構(略称:NIRA 総研)は、わが国の経済社会の活性化・発展のために大胆かつタイムリーに政策課題の論点などを提供する民間の独立した研究機関です。学者や研究者、専門家のネットワークを活かして、公正・中立な立場から公益性の高い活動を行い、わが国の政策論議をいっそう活性化し、政策形成過程に貢献していくことを目指しています。研究分野としては、国内の経済社会政策、国際関係、地域に関する課題をとりあげます。

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