危機管理を考える【13】 小林製薬「紅麴回収騒動」にみる危機対応判断について

原因不明事案の情報開示

原因が直ちに判明すれば対処に迷う要素は少なくなるものの、もっとも厄介なのは、「原因不明」もしくは「調査結果判明まで時間を要する」といったケースである。 そのような場合、すなわち顧客が訴えている「体調を崩した」ことと自社商品を摂取したこととの因果関係が不明確な状況下において、原因企業の危機管理対策本部はどのような対処をすべきなのか。

 

PR総研 主任研究員
危機管理コンサルティンググループ長
磯貝聡
【PR総研概要はこちら】

 

1.はじめに/原因不明の健康被害が発生した際には

自社商品(食品・薬品等)を摂取した顧客から「商品を食べたら、重篤な健康被害が出た」等の被害連絡が入った際、原因企業はいかなる判断と対応をすべきか。

原因が直ちに判明すれば対処に迷う要素は少なくなるものの、もっとも厄介なのは、「原因不明」もしくは「調査結果判明まで時間を要する」といったケースである。

そのような場合、すなわち顧客が訴えている「体調を崩した」ことと自社商品を摂取したこととの因果関係が不明確な状況下において、原因企業の危機管理対策本部はどのような対処をすべきなのか。

 さらに、因果関係に関する判断が確定しないうちに、2件目、3件目・・・と同様の苦情が寄せられた場合、企業はどのような判断の下、被害者対応、製品回収及び適切な情報開示を行うべきなのか。

結論を先に述べれば、「原因が不明」であるがゆえに「情報開示をしない」という結論を導くことがあってはならない。

たとえ原因不明な段階であっても、自社の商品を摂取した方からの不調の申し出が続いているという状況であれば、「顧客の健康と安全が最優先」というスタンスに立ち、自ら早期に情報開示を行い、注意喚起し、回収を行うことがクライシス・コミュニケーションの基本である。

 本稿では、執筆時点において連日報道されている小林製薬の「紅麹問題」について、報道から読み取れる同社の初動対応を巡る諸問題について整理した。

 また、同様の事案発生時に行うべき判断と行動について、危機管理の教科書でもたびたび紹介されるジョンソン・エンド・ジョンソン タイレノール事件に言及しつつ、論考を展開したい。

 

2.小林製薬紅麹問題の対応の経緯と課題について

小林製薬の「紅麹問題」について、問題発覚から初公表までの対応経緯について、筆者が報道をベースにまとめたところ、以下のようなものであった。

※本件を巡る各種報道(一般的に閲覧可能な記事のみ)をもとに筆者作成

 

各種報道において指摘されている同社の対応上の問題についてリストアップすれば以下の通りである。

 ①症状の出た患者へのヒアリング遅れ
⇒医師が小林製薬に問い合わせてからその後、3週間も経ってから聞き取りのため病院を訪問。

②回収・公表の判断の遅れ
⇒医師からの照会を受けて同社が把握してから、自主回収および初公表まで約2か月が経過。

③行政(大阪市、厚労省、消費者庁)への報告遅れと情報共有の不足
初公表の前日に消費者庁初公表の当日に大阪市(市を通じて厚労省)へ報告
⇒死亡1例目(3月26日)については、小林製薬から情報が共有されておらず、厚労省が報道を通じて初めて認知
⇒本件について武見厚生労働大臣は「調査をしている間に行政に情報提供などをしなかったことは遺憾であると言わざるを得ない」と発言。
(※26日の会見で武見厚労省が発言より)           

 以上のように、購入者からの連続した類似の訴えを同社が複数件確認し、問題発覚から3週間程度経過した2月5日の段階で対応の検討会議が開かれていたものの、回収の判断は持ち越され、最終的には公表は、社内対応会議からさらに1カ月半ほど経過した後、漸く回収を決め公表した。

 今後、同社での詳細な検証を待ちたいが、もっと早期に回収・公表を判断すべきタイミングが複数回存在したことは明らかであろう。

 

3.商品回収前(公表前)の企業の判断の迷い

残念ながら、事案発生後、社内対策本部で複数回、検討会議が既に実施したにもかかわらず、何も決められず適切な回収公表の判断もなされていない段階で、やむなく「社外の危機管理エキスパートの招聘を」ということになり、筆者のような専門家が呼ばれるケースも珍しくないのである。

筆者が同様の危機対応現場で相談をうけた際に、クライアント(原因企業)から聞かれる声としては次のようなものがある。

「公表をしたいが、いつどのような手段で公表すればいいのかわからない」

「確かに、不調を訴える消費者からも申し出が数件あるが、原因が特定されていない段階で、公表してもいたずらに不安を煽るだけではないか」

 「自社商品に責任があると現時点で決まったわけではない」

「原因不明の段階では自社のマニュアル(規定)では公開(もしくは回収)する基準になっていないから現状注視(=様子見)とする」

「このような他社事例は無いから公表しなくてもよいのではないか」

「公表したら、記者会見を要求され責任を追及される」

など、全てに共通するのは、「自社目線(自社都合)で対応を判断している」ということである。いうまでもなく、自社の事業が成立するのはあくまでも顧客あってのことであり、対応を誤れば顧客の信認など一瞬で崩れ去るかもしれないものである。そうした基本を忘れた、自己都合の議論に終始していることもしばしばである。

もっとも、例外的に、社是や経営理念において顧客第一や安全最優先が明示され、それが社内の隅々にまで浸透しているような企業においては、自社都合と信用棄損リスクとの板挟みから思考停止に陥るといった最悪な状況が継続するリスクは総体的に低く、比較的速やかに意思決定できる傾向が強いと筆者は感じている。

そうした模範とすべき成功事例のひとつとして、ジョンソン・エンド・ジョンソン タイレノール事件を紹介する。

 

4.ジョンソン・エンド・ジョンソン タイレノール事件に見る危機対応

危機管理の教科書にもケーススタディーとして紹介され、危機管理の指針ともなっている本事例を紹介し、その後、取るべき対応を示したい。

 事件の概要は、1982年、アメリカでジョンソン&ジョンソン社(以下、J&J)のタイレノールカプセル(鎮痛剤)に何者かによって青酸が混入され、服用した7名の死亡者が発生したというもので、犯人は分かっていない。

 本件で同社の対応が当時世間から好意的に評価された点は、会社として事案が発覚した後に、原因は不明ながらも「顧客利益を最大限に考慮し、メディアを通じ情報開示する方針」を貫いた点である。

同社に対しては、FBIなどが「類似犯罪を煽りかねない」として製品回収を行わないよう勧告したものの、同社はそれに従わず、人命第一の観点から回収を断行したのであった。

1982年9月29日に少女の突然死が報告されてからわずか6日後の10月5日に、同社はリコールを発表した。当該商品の店頭回収により、1位だったJ&J社のシェアは一時低下した。しかし、その後、同社の行動や対策(混入を防ぐため包装を三重にするなどの再発防止策)が好意的に評価され、1年後にはシェアが回復したのである。

 本事案で判断の基となったのは、同社の経営理念であるアワクレド(経営理念)である。同社では、アワクレドの中で複数のステークホルダーを挙げているが、「第一の責任」として、「我々の製品およびサービスを使用してくれる患者の利益」を最初に掲げている。

 ちなみに、アワクレドは第四の責任まであり、①顧客(患者、医療関係者)、②従業員、③地域社会、④株主という順番となっており、企業活動のなかでこの順番で責任を果たしていくべきであるという経営理念が同社では徹底されている。これは株主利益を後回しにするということではなく、この順番に責任を果たせば、ビジネスがうまくいき、ひいては株主利益も実現可能となるという思想である。

詳細は、J&J社のHPを参照
我が信条(Our Credo)
https://www.janssen.com/japan/about-us/ourcredo

同社のブランドマネージャーはメディアの取材に対して当時を振り返り、アワクレドについて下記のようにコメントしている。

==============================
 「タイレノール」のブランドマネジャーとして事件を経験したブライアン・パーキンズ氏(現在J&J大衆薬部門の世界責任者)は次のように当時を振り返る。
 「バーク氏は企業の利益ではなく、企業理念として存在するクレド(我が信条)に則って消費者のために正しい行動を取った。初めこそこれでタイレノールは駄目になると危惧したけれども、トップの対応には感銘を受けた。私自身今でも迷うことがあればクレドの精神に立ち返る。バーク氏が会見で消費者に向かい『タイレノールを使うな』と呼びかけるのを、その場で聞いた時、消費者を考えればこれしかないのだと悟った」
==============================
特集-シリーズ リスク極小化の経営 会社が壊れ-第3部 自滅を防ぐ処方箋 新世-リスク極小化の経営-新世紀マネジメントスペシャル 自滅を防ぐ処方箋、すべてはボード改革から始まる
2000/10/02 日経ビジネス

 

5.結びに/情報開示に迷ったら

顧客から自社商品について問題を指摘する声が入った際には、まずもって、至極当然のことながら、経営層や広報担当は、最大の利害関係者である顧客の視点に立って、考え行動すべきである。

顧客利益(=健康と安全)を守るためには、

  • スピード

 ⇒被害拡大を避けるため、速やかに事案の把握から判断までを行い、かつ迅速に公表する。

  • 情報開示の姿勢

 ⇒回収の徹底、問題の解決のためにはメディアなども活用し、顧客(世間)に周知する事

関連諸官庁や有識者への報告
 ⇒前例にとらわれず、報告。判断に迷えば報告。

ということが少なくともいえる。

さらには、商品回収が発生した際の自社の行動指針を平時より社内で確認しておく事が重要であろう。

以上

 

  • 文中の意見にわたる部分は、筆者の個人的見解であり、所属組織等を代表するものではない。

 

前の記事
危機管理を考える【12】 企業トップは自社の「過去の危機事案」をビジネス資産化せよ