海洋細菌から新たなPBS分解酵素を発見

~持続可能なプラスチック循環への貢献に期待~

ポイント

・海洋での分解性が乏しいポリブチレンサクシネート(PBS)を分解する海洋細菌を新たに発見。
・発見した海洋細菌からPBSを分解する酵素遺伝子を特定。
・特定したPBS分解酵素は既知のカビ由来酵素よりも分解活性が高く分解促進剤等への利活用に期待。

概要

北海道大学大学院水産科学研究院の澤辺智雄教授、三菱ケミカルグループ1らの研究グループは、海洋での分解性が乏しいポリブチレンサクシネート(PBS2に対し、分解性を示す海洋細菌ビブリオ・ルバー(Vibrio ruber、以下「V. ruber」)を発見し、さらに本海洋細菌から新たなPBS分解酵素の特定に成功しました。
海のプラスチック汚染は世界規模課題の一つであり、様々な技術を駆使して解決策を見いだしていく必要があります。生分解性プラスチックの開発はその解決策の一つです。ポリ3-ヒドロキシ酪酸(PHB)やポリブチレンサクシネートアジペート(PBSA)等の海洋環境下で生分解するポリマーが開発されている一方で、土壌やコンポスト環境下などではよく分解されるにも関わらず、海洋域では生分解性が減弱すると評価されているポリマーも数多く知られています。PBSもその一つです。バイオ原料由来のコハク酸を活用したPBSは生分解性バイオマスプラスチックの一つとして知られています。PBSの海洋環境下での難分解性の要因究明には、PBS分解性海洋微生物やそれら由来の酵素を特定し、それらの基本性質を解析することが必要です。
本研究では、まず、北海道沿岸から採取した海水中にPBSフィルムを浸漬させて培養したところPBSの分解と資化が認められました。このフィルム上では、ビブリオ科細菌の存在量が高まっていました。次に、様々な細菌を探索し、V. ruberPBSを分解できることが分かり、かつ、V. ruberのゲノム配列から新規なPBS分解酵素遺伝子の特定に成功しました。さらに、V. ruberPBS分解酵素を、大腸菌を使って生産させ、この組換え酵素の高度精製にも成功しました。このV. ruberPBS分解酵素はPBSフィルムを分解可能で、既知のカビ由来酵素よりも分解活性が高いことが分かりました。
本研究結果は、海洋細菌由来のPBS分解酵素を特定した初めての成功例です。このV. ruberPBS分解酵素の三次元構造をシミュレーションしたところ、既知のPET分解酵素の構造と極めて類似しており、本酵素によるPET分解能も期待されます。また、持続可能な社会形成に資するプラスチックリサイクルのさらなる発展や、海洋環境におけるPBS分解促進化技術開発への貢献が期待されます。
本研究成果は2023929日(金)にEnvironmental Microbiology誌に早期公開されました。


海洋細菌由来の新規PBS分解酵素の特定

背景

海のプラスチック汚染は世界規模課題の一つであり、様々な技術を駆使して解決策を見いだしていく必要があります。
生分解性プラスチックの開発はその解決策の一つと考えられています。ポリ3-ヒドロキシ酪酸(PHB)やポリブチレンサクシネートアジペート(PBSA)等の海洋環境下で生分解するポリマーが開発されている一方で、土壌などの陸上やコンポスト環境下ではよく分解されるにも関わらず、海洋域では生分解性が減弱すると評価されている種類も数多く知られており、ポリブチレンサクシネート(PBS)もその一つです。
PBSの海洋環境下での難分解性の要因については、PBS分解微生物やそれら由来の酵素を特定し、それらの基本性質を解析することで解明できると期待されます。

研究手法

はじめに、PBSフィルムを北海道沿岸から採取した海水と浸漬培養し、PBS分解と資化に伴う酸素消費を測定しました。PBSの資化が認められた培養サンプルにおいてPBSフィルム上に形成したバイオフィルムの微生物由来DNAを採取し、16Sアンプリコンシーケンス法を用いて、微生物群集構造を明らかにしました。
その後、エマルジョン化PBSを含有する固形培地を用いたクリアゾーン試験により海洋性PBS分解微生物の特定、ゲノム配列解析からPBS分解酵素遺伝子の候補をリストアップしました。そのPBS分解酵素を、大腸菌で生産、精製しPBS分解活性を解析しました。

研究成果

北海道沿岸の海水中にPBSフィルムを浸漬、培養することでフィルム上にバイオフィルムを形成させ、バイオフィルムの菌叢解析によりビブリオ科細菌がバイオフィルムの主体であることが分かりました(図1)。当該バイオフィルムからエマルジョン化PBSを含有する固形培地を用いたクリアゾーン試験により海洋性PBS分解微生物を探索したところ、新規な海洋性PBS分解微生物としてV. ruberの単離に成功しました。
V. ruberのゲノム解析を行い、既知のPBS分解酵素遺伝子に類似している遺伝子を検索したところ、PBS分解酵素遺伝子の候補を保有していることが分かりました。本PBS分解酵素候補を、大腸菌により生産させ、かつ、この組換え酵素を精製することにも成功しました。
このV. ruber由来PBS分解酵素はPBSフィルムを分解することができ、既存のカビ由来酵素よりも分解性が高いことが分かりました。
これは海洋性細菌由来のPBS分解酵素を同定した初めての成果です。さらに、この組換え酵素は、10℃の低温下においても分解活性を示すことが分かりました。このV. ruberPBS分解酵素の三次元構造をシミュレーションしたところ、既知のPET分解酵素の構造と極めて類似しており、PET分解の活性中心とPET結合に関与するアミノ酸がよく保存されていることから(図2)、本酵素のPET分解能も期待されます。

今後への期待

一連の研究成果は、海洋環境におけるPBS分解可能性を示唆する結果です。さらなる分解メカニズムを解明することで、海洋環境におけるPBS分解促進化技術の開発や、新たな海洋分解性プラスチック開発への貢献によって海洋プラスチック汚染問題の解決の一助になると期待されます。

論文情報

論文名
A lesson from polybutylene succinate plastisphere to the discovery of novel plastic degrading enzyme genes from marine vibrios(PBSプラススチスフェアから学ぶマリンビブリオ由来の新規プラスチック分解酵素遺伝子の発見)
著者名
木村宥太朗1、福田 裕1、大津 留美1、俞 隽文1、美野 さやか、三沢 悟、丸山 悟史、池田 悠太、宮町 玲美、野口 浩、加藤 聡、山本 恭士、澤辺 智雄
1北海道大学大学院水産科学院、2北海道大学大学院水産科学研究院、三菱ケミカル株式会社)
雑誌名
Environmental Microbiology(環境微生物学を幅広く扱う専門誌)
DOI
10.1111/1462-2920.16512
公開日
2023年9月29日(金)(オンライン公開)

参考図


1試験管内でのPBSフィルムの分解系とビブリオ科細菌群の増加。


2既知のPET分解酵素の結晶構造と本研究で見いだされたPBS分解酵素の推定構造との比較。
桃色と緑色が活性中心、黄色と橙色がPET結合部位のアミノ酸を示す。

用語解説

1 三菱ケミカルグループ … 三菱ケミカルグループ株式会社とそのグループ会社の総称。
2 ポリブチレンサクシネート(PBS) … 自然界の土中の微生物の力で水と二酸化炭素に自然に分解される生分解性プラスチック。
       一般的な生分解性樹脂の中では高い耐熱性を持ち、繊維などとの相溶性も高いという特徴を有する。
参考:三菱ケミカル株式会社ウェブサイト
https://www.m-chemical.co.jp/products/departments/mcc/sustainable/product/1200364_7166.html

お問い合わせ先

北海道大学大学院水産科学研究院 教授 澤辺智雄(さわべともお)
TEL 0138-40-5569  メール sawabe@fish.hokudai.ac.jp
URL https://www2.fish.hokudai.ac.jp/faculty-member/sawabe-tomoo/
https://researchers.general.hokudai.ac.jp/profile/ja.24b04e78bac629fd520e17560c007669.html

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