危機管理を考える(4)【リリースと記者の注目の違い】

~ 「自社がメディアに書いて欲しいこと」と「メディアが書きたいこと」には落差がある ~

リリースと記事とを比較してみると、企業側の意図するところとは別に、報道機関およびその先にいる読者・視聴者が、どのような点に注目するかが見えてくる。

PR総研 主任研究員

共同ピーアール株式会社 危機管理コンサルティンググループ長

磯貝聡

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  危機管理はなにも危機が発生した際の対応だけではない。むしろ表面上は何事も起こっていない「平時」こそが重要である。

 そこで本稿では、あえて平時を想定し、通常の企業活動において発信されたニュースリリース(以前は「プレスリリース」と呼ぶことが多かったが、最近ではメディアがプレス以外にも多様化したため、ニュースリリースと呼ぶことが多い。企業・団体と、メディアなどステークホルダーとの間の架け橋となるのがニュースリリースで殆どのニュースリリースは、発表元企業・団体のHP上で簡単に閲覧可能)をメディアが受け取った場合に、どのような点に注目するかという「認識の落差(ギャップ)」にフォーカスし、リリースとメディアが報道する内容とでは、そのポイントが異なるという実例を紹介しつつ、企業が情報開示する際に、「何を意識して訴求すべきか」という点を考察したい。

 

 結論を先取りすれば、良いニュースリリースの手法は、「情報開示の姿勢が適切」ということである。

 

 経験の浅い広報担当者の中には、ともすれば「メディアが配信するニュースは、情報元企業が出したリリースをほぼ書き写したもの」という認識に陥りがちかもしれない。しかしながら、リリースと記事とを比較してみると、企業側の意図するところとは別に、報道機関およびその先にいる読者・視聴者(消費者、国民)が、どのような点に注目する傾向があるのかが見えてくる。

 

 今回は事例として、「高速道路の橋梁架け替え工事に伴い通行止めが発生」という最近のリリースを取り上げる。

 

【対象としたリリース】

日付:20221116

発信者:首都高速道路株式会社

見出し:高速1号羽田線2週間通行止め 来年5月下旬から  高速大師橋架け替え工事

 

【分析のポイント】

「ニュースリリース」とそれを報じた「報道」の違いについて:

1.見出しのつけ方の違い
2.リード(文章の導入部分)の違い
3.使用した写真や図の違い

 

対象とした発表企業のリリースおよび報道の見出しなどは下記の通りであった。

※下記「リリースと報道の対照表」も参照

 

1.見出し

(1)リリース

「高速1号羽田線2週間通行止め 来年5月下旬から 高速大師橋架け替え工事」

⇒訴求点:工事に伴う通行止め期間と場所

 

(2)報道

老朽化で1200か所に亀裂 54首都高「大師橋」 
巨大な橋桁をそっくり架け替えへ(TBSテレビ)

首都高 羽田線 大師橋架け替え 来年5月下旬 2週間、一部通行止め(読売)

首都高速道路、高速大師橋を更新 235月下旬通行止め(日経)

大田区、川崎市境の多摩川にかかる首都高大師橋 
架け替えで235月下旬から2週間、周辺区間通行止め(東京)

 TBSが事案の背景にある「老朽化」に注目、他社は概ねリリース通りの内容の見出しだった。

 

 

2.リード(導入文)

(1)リリース

首都高速道路株式会社は、構造物の長期的な安全性を確保する観点から、高速1号羽田線高速大師橋の更新(造り替え)工事を実施しており、本工事に伴い20235月下旬から2週間、高速1号羽田線の終日通行止めを行います。・・・①

この通行止めは、既設橋から新設橋へ架け替えるために行うものです。・・・②

通行止め期間中は、首都高速道路及び通行止め区間周辺の一般道路で通常以上の混雑が予想されますので、車のご利用をお控えいただくか、う回ルートをご利用いただくなど混雑緩和へのご協力をお願いします。・・・③

※①、②、③の数字は著者加筆。

⇒要素:①工事概要 期間、場所、影響/②工事の目的/③利用者への迂回ルードの利用など対応案内

  

(2)報道

多摩川にかかる全長300メートルの橋で、一日およそ8万台の車両が通行します。しかし、開通から54年が経ち、老朽化によりおよそ1200個もの亀裂ができていて、架け替えのための工事が進んでいます。(TBS

⇒ 見出し同様にTBSは該当区間の交通量 /老朽化(亀裂の個数)に注目。 ※いずれもリリースには記載なし

<前略>・・・終日通行止めにすると発表した。大田区と川崎市を結ぶ高速大師橋の老朽化が進んでおり、架け替え作業を行う。(読売)

⇒読売は架け替えの理由に注目。

<前略>・・・全長約300メートルの新設橋を河川内で組み立てており、20235月下旬に新旧の橋をレール上でスライドさせて架け替える。(日経)

⇒日経は工法に注目(新旧の橋をレール上にスライドして架け替え)。

<前略>・・・交通量は18万台。通行止めで通常以上の混雑が予想されるとして「車の利用を控えるか、迂回うかいルートを利用してほしい」と呼びかけている。(東京)

⇒東京新聞は、該当区間の交通量(リリースには記載なし)および利用者への呼びかけ(混雑回避のお願い)にフォーカス。

 

 

3.写真や図

(1)リリース
※以下、リリースで登場する順番に

・通行止め区間を示す図

 

リリース別紙として

・架け替えの工事方法の図

・橋の写真(空から撮影)

・橋の亀裂の該当個所の写真。

 

メディアの報道振りを整理すれば以下の通り。

 

(2)報道

※工事現場を報道陣に公開している。そのため橋の下から見上げるようなアングルで撮った写真を紙面に使用している。

 

TBS

・ヘリによる橋の空撮映像

・船上から橋を撮影する映像

・工事の風景映像(提供映像)

読売

・橋の写真(船の上から橋を見上げるように撮影)

日経

・橋の写真(船の上から橋を見上げるように撮影)

東京

・橋の写真(船の上から橋を見上げるように撮影)

 

以上を踏まえると、次のようなことが分かった。

 

 まず、発信者(企業側)としては、「工事に伴う通行止めの対応(迂回など)を案内したい」という目的がある一方、これを伝えるメディア側は、第一義的は「工事の背景や理由(老朽化)を伝えたい」という意図があり、それと共に「当該工事のスケールの大きさを写真で伝え、読者に認識させたい」意向も汲み取れるところ。

 次にビジュアル面で写真や図の使い方についても、発信者(企業側)は、通行止め区間と迂回路の図を提供して簡潔に伝えようとしているのに対し、メディア側は、工事の模様について、ダイナミックで絵になるように下から見上げるアングルで撮影するなどの工夫を凝らしている。このように、情報の受発信者相互間には、ギャップがあることが認識できる。

 無論、リリースを書いた企業側の広報担当は、上記のようなギャップの存在は十分承知しつつも、「メディアの関心事は分かっているが、自社のリリースのフォーマットに沿って書かなければならない。メディアの関心事は取材対応で回答することでよいか」といった対応である可能性が高い。

 本件の場合、道路会社としては、メディアが「老朽化による橋の架け替え工事」という点に注目しているとはいえ、その問題意識に沿って自社リリースの見出しにわざわざ「老朽化」といったネガティブなニュアンスを含むワードを使うことは避けたいと考えがちである。

 そのため、「利用者の皆様の安全な交通を維持するために必要な工事であり、ご不便をおかけして申し訳ないが、ご理解をお願いします」といったメッセージを、できるだけ無難に伝えることが最善と考え情報発信しようとするのは首肯できるところ。

 但し、メディア側も発信者の意を汲んで唯々諾々とリリースの文言をそのまま記事化することはなく、その点は企業側も心得ている。

 よって、企業側においては、メディア側から求められるまでは、わざわざ積極的には開示したくない事柄(例:老朽化している個所の写真や件数、影響の及ぶ交通量)についても、メディアの求めがあれば、それに応じ迅速かつ的確に事実を伝える体制を備えておくことや、予めリリースの本体ではない「リリース別紙」として、補完的情報の提供準備を整えておくといった「誠実なスタンス」が重要となる(仮に、これらのメディアからの照会に対してきちんと回答できる体制がないと、報道側の疑心を生み、意図せざる報道振りに繋がるリスクを惹起)。

 このように、企業側が積極的に開示したくない情報にこそ、メディアは興味を持つ。その点を踏まえ、企業として出来る限り分かりやすく、適切に情報提供することが、メディアからの信頼を得て、有効な報道がなされることに繋がりやすいと心得るべきであろう。

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