元 報道記者からみた危機管理(1) 「最悪の謝罪会見」からの教訓

本コラムでは、元 報道記者の矢嶌浩紀(PR総研主任研究員)が、報道記者目線からみた危機管理について、最新の動向を踏まえて発信します。

PR総研 主任研究員
共同ピーアール株式会社
矢嶌浩紀
PR総研概要はこちら】

1.2022年のワースト記者会見

 昨年(2022年)もコロナ禍下において様々な企業・団体のリスクが顕在化し、現実の「クライシス」となって各企業に対応を迫った。これらの不祥事案にはほぼ必ず謝罪会見が伴う。

では、昨年中に行われた様々な謝罪会見で、最も人々から信用低下と不安を招いた事例、すなわち「ワースト1」は何であったか。

 

筆者は、やはり何といっても、北海道の知床遊覧船事故を引き起こした船会社の社長による会見であったと考える。

 

この会見を含む一連の当事者企業社長としての対応と行動は、企業人として、はたまたそれ以前に社会人として、最低限の常識やデリカシーすら弁えていない、まさに目を覆うばかりの酷さであった。

 

それは、被害者家族(遺族)を怒らせ、地域住民を怒らせ、当局を怒らせ、取材メディアを怒らせ、そしてついて世間全体を怒らせるという、類まれなる事例であり、そもそも「広報の質を問う」などというレベルには遠く及ばないが、本稿では敢えて、その「会見」部分を題材に論を進める。近来稀に見る最低最悪の事例は、それはそれで多くの教訓を孕んでいるともいえるからである。

 

当該会見が酷評される主たる理由は、記者会見自体の実施が余りに遅かったうえ、内容がお粗末であったことであろう。

 

観光船運航会社の社長は、事故から5日たって漸く「土下座会見」に臨んだが、その前段階で既にメディアとSNSでは炎上している状況だった。

 

その主因は、杜撰な経営体質の下で、乗客乗員26人のうち20人が死亡、6人が行方不明という事態を引き起こし、加えて事故発生後の5日間に、船会社側に船舶の運航管理上の問題、すなわち荒天でも無理に出航していたことや、会社の事務所の無線アンテナが破損していて遊覧船との通信に障害があったこと等、人命を預かる事業者として凡そ信じ難いほどの怠慢振りが、次々に明らかになったことである。

 

それにもかかわらず、社長はすぐに表に出て記者会見をしなかった。このため、乗客やその遺族、家族への誠意がみられないとか、当事者なのに逃げ回っているといった批判が噴出し、これに呼応する形でメディアの追及姿勢も時間の経過とともに強硬度を増すこととなったといえよう。

 

 

2.お粗末な会見からの教訓

 では、知床遊覧船事故の記者会見から、どのような教訓が引き出せるか。大きくいえば3点挙げられよう。

 

1つ目は迅速性の問題である。死亡事故などの重大事故の場合は、トップが直ちに謝罪し、被害者(及びその家族)の心情に寄り添うことで、出来る限り事態を沈静化させる必要があるということである。

 

重大事故が発生したときに、トップはその企業を代表して社外に情報を広く知らせ、批判の矢面に立ちつつ、当事者に心からの謝罪の意を表し、可能な限り世間の怒りや不安を鎮める役割を負う。それにもかかわらずトップが出てこないというのは論外である。

 

企業管理広報の目的は、危機に直面する企業の信認低下を押し止め、可能な限りこれを回復させることにあるが、本事例は当初から企業がその役割を放棄したも同然であった。

 

2点目は、会見するからには内容が伴わなければならないということである。

 

記者会見を行うにしても、それなりの内容が伴わなければ、信頼を得ることができない。知床遊覧船事故は、初期段階では情報がなく不明な事項が多かったが、それでも、「事故が発生しました。緊急のリリースは内容が分かり次第出します」とった形で、少ない情報ながらも状況を迅速に知らせる工夫が必要であった。

 

3つ目は、誠実な姿勢の提示である。

 

そもそも5日も遅れて記者会見に臨むようでは、誠意ある態度をとっているとは全く言えない対応である。そのような状況の中で「事務所の無線アンテナが壊れていることは(事前に)把握していた」などの言い訳に終始したことは、悲しみと怒りに打ち震える遺族の感情を逆なでするのみならず、会社の杜撰な管理体制を自ら露呈する、究極の悪手であった。

 

さらに、知床遊覧船事故の記者会見は、「土下座に始まり土下座に終わった」といえる。

この土下座会見は、事故発生から5日経過後になってようやく会見が始まり、それまでは表に社長が姿を現さなかった(それまでの間、報道陣を避け続ける態度も傲慢不遜なものに映った)ため、「死者、行方不明者がいるのに保身を優先するのか」という、世間の怒りを増幅させる結果となった。社長としての謝罪意図は土下座をもってしても全く伝わらず、逆に視聴者・読者には自己保身のためのパフォーマンスと映り、結果として世間全体を敵に回す結果に至ったのである。

 

日本のノンバーバル謝罪行動の最上位(現代においてこれより上のお詫びの所作はない)とされる土下座であっても、適切に行わなければ、逆に相手(この場合は世間)の怒りを買うだけだという、当たり前の結果が本件により確認されたわけである。

 

このように、不幸にして一つの事故が発生した場合、それをどのように対応するかによって効果は大きく変わり、これを誤れば社会全体を敵に回すほどの強烈なネガティブ・インパクトを持つことは覚えておいて損はないだろう。

 

3.むすびにあたり

 以上みてきたように、知床遊覧船事故の会見およびそれに纏わる対応は、人々の感情を逆なでし、火に油を注ぐような結果をもたらした、近来稀にみる愚劣極まるものであったといえる。

 

  • (1)トップが自ら直ちに前面に立ち
  • (2)誠実に、わかる範囲でできるだけの受け答えをし
  • (3)正しい情報を迅速に出す

 

といった点を実践し、会見等を通じ企業としての真摯な対応によって社会的責任を果たそうとする。僅かながらも想像力を働かせてこれらの対応ができていれば、知床遊覧船事故に対する船会社への印象は、多少なりとも違ったものになっていた可能性はあろう。

 

以上から、知床遊覧船事故の記者会見は、わが国の組織一般の不祥事案発生に際し、当事者による「最低最悪の対応事例」として心にとどめるべきケースである。
このような酷い事案が二度と出現しないよう祈りたい。

 

(本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)