“いそがない”からこその醍醐味。ローカル交通でいく熊本の旅をご紹介。個性派駅舎や無形文化遺産に登録された「伝統的酒造り」との出会いも満載。

新酒に、ときを味わう個性派駅舎。熊本のローカルを味わう旅

ローカル交通を駆使し、旅を楽しむ人が増えています。移動手段だけにとどまらず、車窓に映る日常風景など、その土地ならではの一期一会があるのもローカル交通の旅の魅力のひとつ。一方で、地域鉄道や路線バス、コミュニティバスといった “くらしを支える路線”のなかには利用者減で存続の危機にあるものも少なくありません。使うことで地域をつなぐ手助けにもなる、ローカル交通の旅。“いそがない”からこそ味わえる「熊本の旅」の醍醐味をご紹介します。

 

 

全線復旧から1年半。「南阿蘇鉄道」で旅する阿蘇・南郷谷

阿蘇市と南阿蘇村、高森町を10の駅でつなぐ「南阿蘇鉄道」。通勤や通学といった地域を支える生活路線であると同時に、カルデラのなかに生きる人々の営みや四季折々の風景は、旅の彩りとしても人気です。

旧国鉄高森線を前身に1985年、地元の熱意で生まれた「南阿蘇鉄道」は、“南鉄(なんてつ)”の愛称で親しまれています。高森駅〜立野駅の17.7キロの区間には、湧水スポットや温泉、花の名所やグルメスポットなどが点在。春〜秋の期間は、オープンエアの開放感を味わうトロッコ列車なども人気です。写真映えするプラットホームのほか、スイーツや手作りバーガーといったカフェメニューを味わう個性派駅舎も勢ぞろい。“途中下車”や“乗り過ごし”を楽しみたくなる名物路線です。

左から、ワンピース像や湧水名所、クラフトビールとオリジナルラベルの地酒れいざん、春〜秋はトロッコ列車も

 

【旅の拠点になる駅舎カフェの、名物駅長と“資本ケーキ”】

集落の玄関口や旅の拠点として、さまざまな役割を担う駅。なかでも“集う場所”として人気なのが、「長陽駅」の「久永屋」です。長年、無人駅だったこの駅に週末限定のカフェを構えたのは、駅舎兼店主の久永操さん。駅の事務室やホームのベンチをカフェスペースとしてよみがえらせ、レトロな木造駅舎で寛ぐ時間を演出しています。名物は石臼引きの無漂白小麦と地元の季節食材などを用いた“資本ケーキ” (シフォンケーキ)。保存料や添加物を用いず、しっとりとした口溶けのいい資本ケーキは、イートインはもちろんテイクアウトでお土産にも。夏は阿蘇の伏流水でつくるかき氷を求め、多くの人が訪れます。旅の人はもとより、地元の子どもたちから年配層まで、さまざまな世代が集う駅舎の風景に癒されるスポットです。

左から、駅長兼店主の久永操さんと特製の「資本ケーキ」、長陽駅・久永屋の風景

◇長陽駅 久永屋 https://www.hisanagaya.com/

【駅舎のなかの古本屋と、乗り過ごしマニュアル】

「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」には、週末だけ現れる古本屋があります。店主の中尾恵美さんは出版社や書店での勤務を経て、ご主人のUターンに合わせ、南阿蘇村へ移住。2015年に「ひなた文庫」をオープンしました。「南阿蘇の風景が大好きなんです。移住してあらためて南阿蘇鉄道に乗り、この駅に降りたったとき、斜陽がさしこむ駅舎に一目惚れしました。ここで本を読めたらしあわせだろうな、そんな思いがこの店のはじまりです」。エッセイやくらしにまつわる本、自然や建築、アート、子どものための本など、数千冊にも及ぶ蔵書のなかから、季節や日によって本を並べ変えるという中尾さん。その選書と駅舎に流れるおだやかな時間が心地よく、列車をひとつ遅らせて長居する人もいます。店の一角には、そんな旅人の心を満たすリーフレットが置かれています。恵美さんの夫 友治さんが手がけたもので、その名も「ぼーっとしたい人のための乗り過ごしマニュアル」。南阿蘇鉄道の路線図や個性派駅舎、周辺の散策情報など、南郷谷エリアの風情を味わうコツが満載で、南阿蘇を旅する人の必携ツールになりそうです。

 

左から、店主の中尾恵美さんと、ひなた文庫の風景、「ぼーっとしたい人のための乗り過ごしマニュアル」

◇ひなた文庫 https://www.hinatabunko.jp/

◇南阿蘇鉄道 https://www.mt-torokko.com/

◇南阿蘇観光局 https://minamiaso.info/

◇南阿蘇村アクセスマップ https://minamiaso.info/blog/access/

「伝統的酒造り」にも出会える高森町の旅

【阿蘇外輪山をめぐるコミュニティバスの旅】 

南阿蘇鉄道で「高森駅」へ。根子岳をはじめ、阿蘇外輪の山々に見守られる高森町には、100基近くの灯籠が誘う幻想的な「上色見熊野座神社」や「湧水トンネル」などの人気スポットが点在しています。同町の地域おこし協力隊で、高森観光推進機構に勤務するボーシェン美子さんに話を伺いました。「高森町のありのままにふれられる町民バスがお気に入りです。なかでも私のおすすめは『草部南部線』です。自家用車で走るのもドキドキするほど細い道を、バスが走る様子がとてものどかでいいんです。実際に乗ってみると、地元のおばあちゃんたちが井戸端会議のように和気あいあいと過ごしていたり、家々の軒先に季節の乾物が下げられていたり。国道を通り過ぎるだけでは気づけない、町の日常に出会えます」。南外輪山をなぞるように走る草部南部線は、月曜と木曜の限定運行。杉木立の奥に佇み、日本三大下り宮のひとつといわれる「草部吉見神社」にもアクセスできます。

「ご利益めぐりのお客様にはオリジナルの御朱印帳もご用意しています。駅やバス停から少し離れた場所へのアクセスには、電動アシスト自転車のレンタルと町内で利用可能な共通チケットがセットになった『ぐるチャリ」サービスも好評です」。

左から、ボーシェン美子さん、高森町民バス、草部吉見神社と上色見熊野座神社、御朱印帳、ぐるチャリサービスも

 
◇高森観光推進機構 https://asotakamori-kanko.com/

【豊富な水脈が支える、阿蘇の味。昔ながらの醤油蔵】

豊富な水脈を誇る高森町には、町の至る所に水をたたえる場所があります。高森町商店街の横町通りにある「水舟」は長い歳月に渡り、近隣住民共同の水汲み場として大切にされてきました。阿蘇の伏流水を用いた味噌や醤油を手がける「豊前屋本店」は1870年創業の老舗醸造元です。昔ながらの製法でつくられる醤油は、「阿蘇マルキチ醤油」の相性で親しまれています。サクサク最中の食感と醤油の香ばしさがあとをひく「しょうゆ最中アイス」は、まち歩きの名物のひとつです。

左から、横町通りの水舟、豊前屋本店(外観・内観)、しょうゆ最中アイス

◇豊前屋本店 https://aso-marukichi.com/

【うまみを育む寒造り。伏流水で醸す、阿蘇の酒】

この地で伝統の酒造りをつづけるのが、1860年創業の「山村酒造」です。冬の寒さがゆっくりと酒のうまみを育てる「寒造り」を貫く同社は、毎年11月から3月が仕込みのシーズン。白壁土蔵の「萬延蔵」にはたくさんの巨大なタンクが並び、蔵のなかは、もうもうと立ちのぼる湯気に包まれます。阿蘇外輪山の伏流水と阿蘇の米、熊本酵母などを用いた「三段仕込み」の製法でつくられる「れいざん」は、料理を味わうすっきりとした飲み口と、飲み飽きしない酒質が持ち味です。阿蘇に暮らす人々は、祭りや農耕行事などことあるごとにこの酒を酌み交わし、和をあたためてきました。それはまさに、“阿蘇の酒”。 「酒は“つくる”というより、“育てる”に近い感覚。麹や酵母が働きやすい環境を整えるのが私たちの仕事です」とは、同社専務の山村弥太郎さんの言葉です。2月中旬から3月末にかけ、高森町一帯で行われる「新酒とふるさとの味まつり」では火入れせず、生のまま瓶詰めした若々しいしぼりたての原酒をはじめ、寒造りの新酒と旬の食材をつかった料理などを味わうこともできます。

左から、山村酒造、白壁土蔵の「萬延蔵」、蔵併設の直売所では試飲して買い物も可能、酒かすアイスも人気

■第37回 新酒とふるさとの味まつり
◇期間/2025年2月8日〜3月9日
◇場所/高森町の飲食店や宿泊施設、高森町交流センター周辺
◇問い合わせ先/高森観光推進機構

◇山村酒造 https://shop.reizan.com/

◇高森観光推進機構 https://asotakamori-kanko.com

◇高森町アクセスマップ https://www.town.takamori.kumamoto.jp/kanko/access.html

ユネスコ無形文化遺産に登録された「伝統的な酒造り」と、熊本の酒造り】

この冬、日本の「伝統的酒づくり」がユネスコの無形文化遺産に登録されました。“共通の特色を持ちながら、日本各地においてそれぞれの気候風土に応じて発展し、受け継がれてきた”ことや“儀式や祭礼行事など、日本文化の中で不可欠な役割を果たしている”点などが評価された、日本の「伝統的酒づくり」。熊本県各地にも、それぞれの風土に根ざした酒文化が息づいています。その骨格を支えるのが、清らかな水と米と蔵人の技、そして「熊本県酒造研究所」の「熊本酵母」の存在です。 「熊本酵母」とは1950年代に“酒の神様”とも称される野白金一が、温暖な熊本県の風土にあった酒づくりを叶えるために分離・培養した酵母のこと。発酵力に優れ、酸が穏やかで、華やかな香りを引き出せるのも特徴です。同じ原料からキレや香りなど、さまざまなタイプの日本酒を醸すことができるため、のちに「きょうかい9号酵母」として全国の蔵元でも用いられるようになり、日本の吟醸酒人気の火付け役にもなりました。
さらに2024年、熊本酵母はまた新たな一歩を踏みだそうとしています。香りを高める力に優れた進化系酵母の開発です。熊本県酒造研究所や、各蔵元の人たちが、進化と深化を重ねながら紡がれていく熊本の伝統的な酒造り。それはまさに、未来へひきついでいくべき価値を持つ「遺産」です。

左から、熊本県酒造研究所の一角に佇む野白金一像、熊本酵母、伝統的な酒造りの風景      

◇熊本県酒造研究所 https://kumamotoken-shuzoukenkyusho.com/
 ※桜町バスターミナルから、熊本市電や路線バスでアクセス可能

◇熊本酒造組合 https://kumamoto-sake.com/

◇球磨焼酎酒造組合 https://kumashochu.or.jp/

ローカル路線バスでいく人吉・球磨

【ロバの旅と、人吉の茶の蔵で愉しむ“和の時間”】

時刻表を片手に思いのままの旅を組み立てられるのが路線バスの旅の醍醐味。土地勘のないエリアでのセルフプランを組み立てるのは難しいという方にもおすすめなのが、KASSE JAPANの「ロバの旅」。九州産交の「路線バスや高速バス」+「観光地で使える利用券」がセットになった旅行商品です。ガイド付きのプランもありますが、現地で思い思いの過ごし方をできるフリータイムつきのプランも人気です。

例えば、高速なんぷう号と現地の路線バスに、2時間のフリータイムがついたプランなら、最近話題の体験観光を組み合わせることもできます。春から夏にかけては球磨川くだりがお馴染みですが、冬の時期のおすすめは、城下町・人吉の風情にひたる “和”の体験。石畳や白壁造りの商家、味噌・醤油蔵などが立ち並ぶ鍛冶屋町通りを散策したあとは、明治創業のお茶専門店「立山商店」へ。茶どころ人吉・球磨の10種類の日本茶を味わい分ける「日本茶体験」のほか、生花や着付け、地元和菓子店とコラボした「花おはぎづくり」と組み合わせた体験プランも話題を集めています。

 

「立山商店」と店主の立山さんご夫妻、着付けとお茶の体験や、花おはぎづくり体験も人気(画像提供:立山商店)

◇ロバの旅 https://kst.kyusanko.co.jp/DJWEB/TourList.aspx?gc=00001

◇フリータイム付き人吉プラン https://kst.kyusanko.co.jp/DJWEB/TourDetail.aspx?tc=A1RT1A000508

◇立山商店の和の体験 https://www.tateyamasyoten.com/tourism/

【球磨焼酎を味わう旅】

バスの旅ならではの醍醐味といえば、酒蔵めぐり。人吉球磨地域には、約500年にわたって紡がれる焼酎文化があります。米だけを原料とし、人吉球磨の地下水で仕込んだもろみを使い、仕込みから蒸留・瓶詰めまですべての工程を人吉球磨で行うこと。これらすべての条件を満たすものだけが名乗ることのできる「球磨焼酎」。スコッチウイスキーやシャンパンなどと並び、WTO(世界貿易機関)の「地理的表示の産地指定」を冠することを許され、いまや世界的な銘酒ブランドとなりました。現在は、球磨川に沿うように27の蔵元(1つは豪雨被災で休業中)が点在し、さまざまな銘柄の球磨焼酎が造られています。ロックやお湯割り、水割りなど、味わい方は多彩ですが、なかでもならではの味わいかたといえば、「直燗(じきかん)」です。ガラ(徳利のようなもの)を直火で温め、香りを楽しむスタイルで、チョク(小さなお猪口)で飲むのが地元流。氷をたっぷり入れたロックグラスに直燗した球磨焼酎を注ぐ「燗ロック」や、「炭酸割り」もおすすめです。

ただ飲むだけでなく、蔵元ならではの体験をしてみたいという方に人気なのが「球磨焼酎蔵ツーリズム」体験です。12の蔵元と旅館、地元鉄道会社などが連携してつくられる体験アクティビティは、「飲み比べ体験」「ガラチョクでの飲み方講座」「マイブレンド体験」「仕込み体験」など趣向を凝らしたものばかり。ウェブで事前予約でき、ひとりからの体験も可能です。

 

左から球磨川、ガラとチョク、ガラを直接火にかける「直燗」、よりまろやかな仕上がりを楽しめる「燗ロック」

◇球磨焼酎蔵ツーリズム体験 https://www.asoview.com/channel/activities/ja/hitoyoshikuma-guide/offices/826/courses

◇球磨焼酎酒造組合ホームページ https://kumashochu.or.jp/

◇人吉・球磨デジタルマップ https://kumamoto.guide/hitoyoshi-kuma-digitalmap/

阿蘇くまもと空港にNEWオープン。各地へのハブ機能 もUP

【阿蘇くまもと空港の新エリアがオープン!】

熊本の空の玄関口、阿蘇くまもと空港の旅客ターミナルビル東側に、2024年10月、新たに「そらよかエリア」がオープンしました。ダイニング、パーク、ビジターセンターの3つからなり、飛行機に乗らない方でも利用可能なエリアです。

エリア中央に位置する「そらよかパーク」では、週末を中心にさまざまなイベントを開催予定。パーク内にはくまモンがパイロット衣装を着て「KUMAMOTO」の文字と並ぶモニュメントがあり、フォトスポットとして、新たな空港のシンボルとなりそうです。「そらよかダイニング」では、台湾発ドリンクスタンド『迷客夏Milksha』とヌードルバー『一流二事1624』の複合ショップが日本初出店する等、ここでしか味わえないグルメも楽しめます。

「そらよかビジターセンター」は、レンタカーやレンタサイクルのテナントなどが集まる施設です。

また、現在プレオープン中の『くまもとSDGsミライパーク』は、国内外からの修学旅行や社会科見学の児童・生徒等を対象とした教育テーマパーク。地域の未来を担う子どもたちがSDGsについて実践的に学ぶことができます。こちらは来春グランドオープン予定です。

◇阿蘇くまもと空港そらよかエリア ホームページ https://www.kumamoto-airport.co.jp/terminal-building/

◇全国主要都市からのアクセスと、熊本市から各エリアまでのアクセス https://kumamoto.guide/access/

◇くまもっと観光MaaS https://kumamoto.guide/kumamoto_maas/